『怪盗ロベリアの優雅な休暇(バカンス) 後編』
勝ち誇ったロベリアが、カードをオープンしようとした時、視界の端に映った光景にギョッとした。
「どうした?」
演技ではない狼狽に気づいた大神とグリシーヌがロベリアの視線を追って、彼女の顔が引きつった理由を知った。
そちらから、真っ赤な修道衣に身を包んだ少女がやってきたからだ。
「あ。ロベリアさん、グリシーヌさん、大神さん!」
「エリカ!」
三人を代表して、グリシーヌが少女の名を呼んだ。
ロベリアの顔はまだ『げっ』の表情のままだ。なにかとエリカにペースを崩されがちなロベリアにとって、このタイミングは最悪だろう。
「ロベリアさーん」
よりにもよって、エリカはロベリアに駆け寄ってきた。
(なんでアタシなんだよ!)
大神のところに行けとばかりにロベリアはシッシと手を振るが、エリカはまったく気にしない。
「なにをしてるんですか?」
「ただの遊びだよ! いいからあっち行け!」
エリカの予想もつかない行動は、必勝のゲームをひっくり返してしまうかもしれない。追い払うに限った。
だが――
「そうなんですか、グリシーヌさん?」
「……そうだ。エリカも見ていくといい」
こともあろうにグリシーヌがそんな提案をしてしまった。
「なに考えてんだ!?」
思わず大声を上げてしまうロベリアであった。
「見張る者が多ければ、イカサマもできぬだろう」
「んなこともうとっくに――」
やべ、とロベリアは口を閉ざした。エリカのせいでつい口が滑ってしまった。
「とっくに、なんだ?」
グリシーヌの視線がけわしくなる。
だが、この程度でボロを出すロベリアではない。
「とっくに、カードは配られたんだ。イカサマなんてできないだろ?」
「……それはそうだが」
ロベリアになぜかエリカも加勢する。
「そうですよ! ロベリアさんみたいないい人が、他人を欺いたり偽ったり謀ったり、そんなことするはずがありません!」
「……お前は黙ってろ」
苦虫を噛み潰したような顔になるロベリアだった。
だが、エリカはまったく聞いていない。
「でもわたし、グラン・マに呼ばれてるんですよ。あまり急ぎではないんですけど……」
「行っちまえ行っちまえ」
「わかりました。このゲームを見てからでもいいですよね」
「話聞いてないだろ!?」
漫才じみた会話を続ける二人。
そして、ついにロベリアの危惧していた事態が発生したのだった。
「ロベリアさん、わたしがグラン・マに呼ばれてたことを覚えていてくださいね。なんだか忘れそうで」
「知るか!」
「じゃあ……あ、どこかにメモしてればいいですよね」
ひょい、と。
あまりにもあっけなく。あまりにも無造作に。
エリカはロベリアのカードを一枚つまみ上げてしまったのだった。
「あっ――」
さすがのロベリアもそんな声を上げるしかない、一瞬の出来事だった。
「大神さん、ペン持ってますか?」
「あ、ああ」
呆然としたままの大神が、エリカにペンを渡す。
エリカはロベリアから手に入れたカードに、『グラン・マが呼んでる』と書いた。
その様子を見ているうちに、ロベリアの身体がワナワナと震え出した。
「エリカーーーーーーッ!!」
「きゃっ? どうしたんですか?」
「お前は、どうしてこうっ……!」
「……わかりました、ロベリアさん」
いきなり真顔に戻って、エリカが言った。
「あ?」
「つまり、大神さんからも一枚もらうべきだと言いたいんですね?」
「違う!」
叫ぶロベリアを尻目に、エリカは大神のカードを一枚つまみ上げた。
しばらく考え込んだ末に――なぜか『プリン』と書く。
「なんでプリンなんだ!?」
思わずロベリアは突っ込まずにいられなかった。
だが、エリカはカードを持ってニコニコしたままだ。
ごっそりと気力を削がれて、ロベリアはぐったりと椅子に身を沈めた。
「あー……続けるか? それともやりなおすか?」
グリシーヌが、こちらも呆れた様子で言う。
ひょっとしたら、エリカさえいれば二人のケンカももっと早い段階で立ち消えになっていたかもしれない。
「続ける。カードの上から一枚ずつ配ってくれ」
ロベリアは一瞬だけ考えて、試合の続行を告げた。
今、場にあるカードは本来の五十三枚にロベリアが十枚加えエリカが二枚取ったので、結局六十一枚だ。
重ねれば、五十三枚だった時にくらべてけっこう分厚くなっているだろう。たった八枚の差とはいえ、いざ見てみるとけっこうな厚みがある。
手に持てば、カードが増えていることに気づかれるかもしれない。
ならば、このまま勝負を続行したほうがまだましだ。そういう冷静な判断だった。
「では……」
グリシーヌがさらに一枚ずつロベリアと大神に配り、これで双方とも五枚となった。
(……さて)
ロベリアは考える。
先程エリカが取ったのは、ロベリアからハートの8。大神からダイヤの10だ。
現在、ロベリアの把握している手札は四枚ずつ。最後に加えられた一枚は、さすがのロベリアにもどのカードだかはわからない。
そして、今完成しているのはロベリアがスペードとクラブの8でワンペア、大神がハートとクラブの2でワンペアだ。今はロベリアが勝っている。
しかし大神の残りの手札は10とK(キング)なので、新たに追加された五枚目が2ならスリーカード、10かKならツーペアだ。
確実に勝利できるとはいえない。
だが……。
(おもしろいじゃないか)
ギャンブルにこの程度のスリルはつきものだ。イカサマをしておいて言うのもなんだが、この程度の勝負でひるむようならギャンブルなどはなからする資格はない。
ロベリアは昂揚感とともに叫んだ。
「ショウ・ダウン!」
そして、一枚ずつゆっくりとめくっていく。大神も同時にめくり始めた。
四枚目までは、ロベリアの思ったとおりだ。
ロベリアは、スペードとクラブの8。そしてダイヤの2とハートの3。
大神はハートとクラブの2、スペードの10とハートのK。
五枚目をめくる前に、ロベリアはぴたりと手を止めた。大神もそれを見て手を止める。
「今は、アタシが勝ってるね」
「そうだな」
と、大神もどこかリラックスしつつも高揚した表情で答えた。
この緊張感を楽しめるようにならなければ、ロベリアたちの隊長などつとまらない。
ロベリアとグリシーヌとのケンカは、永遠に楽しめるようにはなれないだろうが。
「五枚目は、あんたからめくるんだ」
「いいだろう」
大神はゆっくりと五枚目に手をかけた。
ドクン。
心臓の鼓動すら、ロベリアを楽しませる。大神も同じ高揚を共有しているのだろう。
ドクン。
グリシーヌも身を乗り出して、大神の手札を待ち受けている。
ドクン。
エリカは……事態がよくわかっていない。でも、目だけは真剣だ。
「いくぞ!」
大神は気合いを込めて、五枚目をめくった。
四人の視線が、カードに釘付けになる。


ハートの……6。


「あぁ」
大神が深く息をついた。グリシーヌも落胆の息をつく。
大神の手札は2のワンペア。ロベリアの五枚目をめくるまでもなく、決着はついてしまった。
「アタシの勝ち、だね」
「ああ」
ロベリアの勝ち誇った笑みに、グリシーヌは悔しそうに頷いた。
イカサマをしているのに、何の後ろめたさもなく勝ち誇ることができるロベリアはある意味すごい。
だが、そんなことは知らないグリシーヌと大神は、そろって落ち込んだ。
「すまない、グリシーヌ……」
「貴殿の責ではない。私の運が悪かったのだ」
「大神さん、ザンゲしますか?」
エリカも、慰めだかなんだかよくわからない声をかけた。
「ロベリア。約束は守る……では、私は失礼する」
グリシーヌは身を翻して歩き去った。彼女の性格からして、次回の戦闘では本当にロベリアの指揮に従うつもりだろう。
エリカも、懐から取り出したメモを見ながら歩いていった。ぶつぶつと独り言を言いながら。
「プリンが呼んでる、プリンが呼んでる……」
「エリカ君っ!? 呼んでいるのはグラン・マだよ!」
大神が思わず叫ぶが、エリカは『プリン』と書かれたカードを手に歩いていった。『グラン・マが呼んでる』と書かれたカードは下に重ねられていて見えないようだ。
「後で呼びに行かなければ……」
大神はまたため息をついた。
ロベリアも完全にあきれ切った表情だ。
「じゃあ、アタシもいくとするか。まあ、楽しいひとときだったよ」
「ああ。じゃあ俺も……」
言いかけて、ふと大神はロベリアの伏せられ続けた五枚目に目をやった。
めくる必要がないとはいえ、なんとなく気になる。
大神は、裏のままだったカードをひっくり返した。
「げ」
ロベリアが、そのカードの表を見て青ざめる。
スペードの8だった。
「なんだ。結局ロベリアは8のスリーカードだったのか……」
ロベリアの手札にあったスペードの8とクラブの8を見て、大神はつぶやいた。
ロベリアがスリーカードだったのだから、どのみち勝ち目はなかった……ん?
(なんか、おかしくないか!?)
大神は目を見開いた。
ロベリアの手札に……スペードの8が、二枚ある。
大神の意識に、ゆっくりと理解が広がっていった。
「ロベリア……」
「あーあ、ついてねえなあ」
大神の厳しい視線を、ロベリアはしれっと受け流した。
無論、重複しているスペードの8のうちの一枚は、ロベリアが加えたものだ。
まさか、たった一枚の『五枚目』に、見事に同じものがあったとは。不運としか言いようがない。
「イカサマをしたな!?」
「まあね」
あっさりとロベリアは頷いた。ばれてしまったのも、ギャンブルの一環だ。
おもしろい結果を、むしろロベリアは楽しんでいた。
ギャンブルは、こうでなくちゃおもしろくない。
「で、どうする? グリシーヌを呼び戻すかい?」
「う〜ん……」
大神は考え込んだ。
今グリシーヌを呼び戻したら、また泥沼のケンカが始まるだろう。
これからまた仲裁するほどの気力は残っていなかった。
「いいや。ただ、この勝負はロベリアの負けだ」
「へえ? するとどうなるんだ?」
「ロベリアは、グリシーヌと仲良くしなければいけない。もちろん、次の戦闘の時にもな。それですべて解決だ」
その言葉にロベリアはきょとんとして、大神の真面目な表情を見てから愉快そうに笑い初めた。
「わかってるよ。ギャンブルの結果には従う。それが、アタシの流儀だからね」

<怪盗ロベリアの優雅な休暇(バカンス) 終わり>


あとがき

お久しぶりです、NBTです。
初めての『サクラ大戦』二次小説……ファンになって日が浅いため、歴戦のファンの方にとっては突っ込みが数々あるとは思いますが、未熟なのはご容赦ください。できれば感想等いただけると嬉しいです。
いきなりイカサマものです。もちろん、実際にはイカサマなどやってはいけませんし、私もやりません。
ですが、手品のように計算し尽くされたトリックは、ちょっとカッコいいかなと思います。
ちなみに時系列で言うとこのストーリーの『次の戦闘』はVSコルボーです。そこでロベリアとグリシーヌがどう戦うかは……皆さんの想像にお任せします。
タイトルの『怪盗ロベリアの優雅な休暇(バカンス)』はKRIFFさんにあやかって、ある作品のもじりにしてあります。映画にはあまり詳しくないので、子供向け冒険小説からですが。あまり本文とは関係しないタイトルです。
それでは。皆様、またお会いしましょう。

NBTさん、投稿有難うございます。
これはちょうどこのサイト伍周年を迎えた日に原稿が届きました。しかもサクラ大戦です。

「泣く子と地頭には勝てない」。こんな諺が日本にはあります。
何から何まで反りが合わないグリシーヌとロベリアも、エリカには勝てなかったようです。もっとも、エリカにはそんな自覚はまるっきりないでしょうけど。
劇中でロベリアが10枚のカードを手に隠してます(パーム)が、普通の人は1枚でやります。
カードを曲げたり角だけを指の付け根で挟んだりするので、複数枚だとなかなかできません。
それだけにロベリアの実力の一端がよく現れていると思います。
上では伏せてありますが、タイトルの元ネタとなったのは、講談社青い鳥文庫から出ております『怪盗クイーンの優雅な休暇(バカンス)』(はやみねかおる・作 K2商会・絵)であります。
――管理人より。


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