『魅惑の即席ティールーム 中編』
今日は、陣高祭の一日目、本番である。いつもの生徒会室とは違い、活気に満ち溢れていた。メイド服の少女が忙しそうに準備を進めている。開店時間は、もうすぐだ。
「副会長、このテーブルクロスはどこに置くんです?」
「あっ、それ、二番のテーブルに持っていって。あっ、そっちは、四番よ」
かなめは、てきぱきと指示を飛ばす。その指示で、メイド服を着た少女がテーブルの間を飛び回る。
「ふーっ、どうやら間に合いそうね」
かなめは接客担当の責任者、メイド長である。当然、気合も入る。
「さすが、千鳥くん。見事な手腕だ」
「あっ、先輩。そっちは、どうです?」
暖簾の向こうから、林水先輩が顔を覗かせる。こうして見ると、先輩はどっかのバーのマスターに見える。先輩はコーヒー担当である。
「ああっ、美樹原くんが上手くやっているよ」
お蓮さんは、店で出すお菓子の準備をしていた。メニューは、ケーキにクッキー等。だいたいは、昨日のうちに準備しておいたので大丈夫。あとは、生クリーム系のお菓子の用意だけだ。
「でっ、どうなんです。実際の所?」
「何のことだね?」
「もうっ、とぼけちゃってぇ。お蓮さんのことですよ、グッときませんでした?」
かなめは、二人の関係に少し探りを入れることにした。
「千鳥くん」
「はい?」
「熱でもあるのかね、君は?」
「だあー、お蓮さんのことです。どう思ってるんですか?」
「優秀だよ」
「あー、もうっ。先輩まで、ソースケみたいなコメントはやめて下さい」
「好きなんですか、嫌いなんですか?」
かなめのストレートな質問に少し困った表情を浮かべる。なんだか、してやったりという気分だ。
「あのぉ、会長……そのぉ、御迷惑でしたでしょうか……」
(ゲッ、お蓮さんに聞かれてた!?)
かなめの後ろには、お蓮さんが申し訳なさそうに立っていた。どことなく、沈んだ表情のような気がする。
「あっ、お蓮さん。こっ、これは冗談だからね」
「えっ、そうなんですか。よかった……」
かなめは、パタパタを手を振って否定する。一体何が冗談なのか?
「いや、千鳥くんの言うとおりだよ」
「えっ?」
少し驚いた顔をするお蓮さん。
「美樹原くんは、大事なパートナーだよ」
「ありがとうございます、会長……」
嬉しそうな表情を浮かべる。聞きようによっては、プロポーズの言葉にも聞こえる。お蓮さんは幸せそうな顔をしたまま、暖簾の奥に消えていった。
(ふっ……どうやら一件落着のようね。よかった、よかった)
しかし、自分の撒いた種とはいえ、危なかった。
「それにしても、先輩よくこんなぴったりの服用意できましたね」
「ちょっとした、ツテがあってね」
一体どんなツテなんだろう。聞くのが恐い気がする。
(んっ、ちょっと待てよ……?)
そして、かなめはあることに気がついた。
(誰も気がついていないみたいだけど……なんで、この服サイズまでぴったりなのよ?)
それもそうだ。しかも、靴のサイズまでぴったりである。
「ちょっと、いいですか先輩?」
かなめは生徒会室の入り口まで、林水先輩を引っ張ってくる。ここなら、誰にも聞こえないだろう。
「何かね?」
「この際、先輩がどうやってメイド服を用意したのかは聞きません。でも、なんでこの服サイズが『ぴったり』なんですか? あたしは、自分のスリーサイズを公表した覚えはありませんけど……」
ジロッと睨む。
その時、廊下の向こうから、ボン太くんが帰ってきた。その手には、宣伝用のプラカードが握られている。
ボン太くんが自分の頭を取る。中からは、宗介が顔を覗かせた。
「あっ、お帰り。ソースケ」
「閣下、哨戒任務及び情報伝達任務終了。校内に不審者及びテロリストの姿は確認出来ませんでした。これより、通常任務に復帰します」
「御苦労だったね。相良くん」
「はっ、光栄であります」
宗介は店の準備には役に立たない。というわけで、ボン太くんの格好で校内のあちこちに宣伝に行かせたのである。
「ふむ、千鳥。君は、こんなとこで何をしている。任務は終了したのか?」
「あっ、それね。先輩が、何でぴったりの服を用意できたのか聞いてたのよ」
かなめは宗介にそっと耳打ちする。
「ふむ、そのことか」
「へっ!?」
目がテンになる。
「ふむ。自分が保健室に侵入してだな、各種データの収集を行なったのだが……」
「お前かいっ!!」
銀色のトレイが宗介の頭に突き刺さっていた。目から火花が飛び出る。
「ま、待て……千鳥。その武器は危険だ」
「問答無用!!」
銀色の凶器が宗介の頭部をシコタマ襲っていた。


暖簾をくぐり、店の厨房に戻ってくるかなめ。
左手に持つ銀色のトレイがべこべこだ。これじゃあ、使い物にならない。
「たくっ、あの馬鹿は……」
「あれ、カナちゃん。また、相良くんと何かあったの?」
「知らない!!」
プリプリと怒っているかなめ。
「いいのよ、キョーコ。ほっとけば。夫婦喧嘩みたいなものだから」
「あのぉ、千鳥さん。相良さんも悪気があったわけじゃないようですし……」
みんなには、会話の内容までは聞こえていないみたいだった。
「うん、わかってる……」
だが、身体データはあんまり他人に知られたくない。特に、男子には絶対にだ。女の子にとっては、Xファイル以上のトップシークレットなのだ。
でも、宗介にも悪気はないのはわかっている。
「……ごめん、ちょっと謝ってくる」
そう言うと、再び暖簾をくぐった。
「千鳥さんも素直じゃないですね」
「そうね。まあ、そこが可愛いんだけど」
「カナちゃん。上手くいくといいね」
三人は温かな視線で、かなめの後ろ姿を見送った。


「それじゃあ、開店するわよ!!」
かなめの威勢の良い声がお店に響き渡る。
『は〜い!!』
戦闘準備OK。かなめの気合も最高潮に達している。
「いらっしゃいませ♪」
記念すべきお客様第一号である。丁寧に席まで、エスコートする。
それなりに、お客は入っている。でも、ほとんどが陣代高校の生徒だ。一般の人の姿はない。
「じゃあ、二回目の宣伝活動行ってきます」
「頼んだよ、千鳥くん。この店の成功は、君等の任務にかかっている」
暖簾の奥から顔を覗かた林水先輩が声をかける。
「わっかりました。行くわよ、ソースケ、キョーコ」
「もふふっ(訳:了解しました)」
今度の宣伝は、一般入場者の勧誘が目的だ。一般入場者用のパンフレットには、生徒会主催の喫茶店としか書いてない。これじゃインパクトが低い、いや無いに等しい。
「さあ、行くわよ。お客さんのハートをがっちりキャッチするわよ!!」
「は〜い♪」
さっそく、三人は校舎の外に出た。当然、かなめと恭子はメイド服。宗介は、ボン太くんを装備している。その手には、宣伝用のプラカード。しかし、上手くカムフラージュしているが正体はショットガン。柄の部分に、引き金がついてる。
「うん、いるいる。お客さんが」
額に手を当て周囲を眺める。その姿は、まるで獲物を探す鷹のようだ。
「は〜い、皆さん。注〜目!!」
かなめが大声を張り上げる。
その声とメイド服姿に、足を止める一般入場者と生徒。
「メイド喫茶『テロリスト』で〜す。生徒会室で営業中で〜す。待ってま〜す!!」
「各種飲み物とお菓子を用意してます」
「もふふっ(訳:とにかく、来るのだ)」
次第に、三人を中心に人だかりが出来始める。
「なお特典として、可愛い女の子がメイド服でお待ちしておりま〜す」
ニッコリ笑顔で頭を下げる。
かなめは、お祭り好きなのだ。こういう時は、雰囲気に乗らなきゃダメだ。とにかく、恥ずかしがってちゃダメ。
「ねえ、お姉さん。お姉さんみたいに可愛い子と付き合えるって特典はないんですか?」
「ありがとうございます。残念ながら、そのような特典は含まれておりません」
にっこり笑いながら、答える。周囲からどっと笑い声が上がる。


それから、場所を移動する三人。メイド服姿の女性の後に、ボン太くんが続く。
宗介が持っているプラカードには、
『あなたのハートを狙い撃ち』
とか、
『必ずや、あなたを満足させてくれる店員とサービスがあなたをお待ちしています』
とか書いてある。一体誰が作ったのだろう。宗介は、そのプラカードがよく見えるように高く掲げている。
今度は、親子連れが多い場所に移る。
「あ〜、ボン太くんだぁ」
ボン太くんを見つけた子供達が一斉に宗介に群がる。若者には人気がないらしいが、子供にはあるらしい。抱き付いたり、顔や手を引っ張ったり。恰好の遊び相手の出現に、子供の好奇心がヒートアップする。
「もふふっもふ(訳:千鳥、助けてくれ……)」
だが、子供の夢を壊していけない。
「カナちゃん。助けてあげなくいいの?」
恭子にも、宗介の『もふふっもふ=助けて』の意味する所が理解できたらしい。
「いいのよ。これで子供の心をバッチリ掴むんだから」
商魂逞しいかなめである。
しばらく、ほっておく。そのうち、子供の親から一緒に写真を撮って欲しいと頼まれる。もちろん、かなめは快くOKした。
大変なのは、宗介だ。子供を抱っこしたり、肩車したり……。まあ、先輩からよろしく頼まれているので、嫌とも言えないだろう。
「じゃあ、皆さ〜ん。メイド喫茶『テロリスト』をよろしくね〜」
「じゃあね〜」
「もふふふっ……(訳:さらばだ……)」
可愛く手を振って、その場を後にする少女とボン太くん。
「それにしても、カナちゃん。上手だったね」
「ふむ、自分も驚いた。千鳥にプロパガンダの才能があるとは」
ボン太くんの頭を脱ぐと、汗まみれの宗介がいた。無限の体力を持つ宗介をここまで疲弊させるとは、子供の体力おそるべし。
「ははっ、ありがと。でも、これからが大変よ。お客さんがいっぱい来るだろうし」
「そうだね」
「ふむ。そろそろ、戻るか」
三人は、生徒会室へと戻っていった。


メイド喫茶『テロリスト』は繁盛していた。親子連れや、カップルの姿もちらほら見える。どうやら、宣伝が功を奏したようだ。店の中には、一目メイド服姿の少女達を見ようという人で溢れかえっていた。
そんな人込みの中を、メイド服姿の少女達が忙しく動き回っている。まるで、花から花へと飛び回る蜜蜂のようだ。
「ちょっと、カナメ。そんなとこで、油売ってないで手伝ってよ」
勝ち気な顔の少女が、かなめに声をかける。
「あっ、ゴメン。ミズキ」
「千鳥。君はいつから、原油の密売に手を貸すようになったのだ?」
いつもながら、盛大な勘違いをかます。
「はぁ〜、そんなことあるわけないじゃない。バカ言ってないで、外で立ってて……」
「……うむ。わかった」
かなめと恭子は、そのまま店のお手伝い。宗介は、客寄せパンダもとい客寄せボン太くん。店の前で、見張り兼客寄せとして働いてる。
「千鳥さん。繁盛しているみたいね」
「あっ、先生?」
振り返った先には、担任の神楽坂恵里教諭の姿があった。今日は、ピンクのスーツ姿である。心なしかいつもよりお化粧が濃い気がする。そして、胸の所で大事そうに、陣高祭のパンフレットを抱えていた。
「どうしたんですか?」
「生徒が問題を起こしていないか校内の見回りです」
「ははーっ。で、校内デートというわけですか」
ちょっと意地悪そうな目を隣りに向ける。
恵里教諭の隣りには、長髪に無精髭、ボサボサの頭の男性が立っていた。一見すると教師というより、売れないミュージシャンである。美術科教諭の水星庵先生である。
「ち、ちちち、違います」
耳まで真っ赤にして、否定する恵里先生。その姿が何とも可愛い。
「神楽坂先生。席につきませんと……」
「えっ……ええ」
二人は、かなめに案内されると席に着く。紅茶とケーキを運ぶと、二人で楽しそうに談笑している。時には、嬉しそうな顔をしたり、頬を染めたりしている。その姿を、遠くから眺める。
「ふ〜ん、上手くいってるんだぁ」
コーヒーをテーブルの上に置きながら、かなめが呟く。
「先輩にも春が来たみたいね」
テーブルには、保健室のマドンナの西野こずえの姿があった。タートルネックの上に清潔そうな白衣を身につけている。
「こずえ先生、嬉しそうですね」
「フフッ、そうね。先輩って、学生時代からこういうことと、あんまり縁がなかったから……余計にね」
そう言うと、コーヒーに口を付ける。
「じゃあ、ゆっくりしていって下さい」
店の入り口から、見知った顔がこちらの様子を伺っている。クラスメイトで、写真部の風間くんだ。首から大事そうに、自前のカメラをかけている。
「どうしたのよ、風間くん?」
「あの、千鳥さん。写真撮らしてくれないかな?」
「……まさか、変な雑誌に投稿するんじゃないでしょうね」
明らかな疑惑の視線を向ける。
かなめが言っているのは、ある種の投稿写真雑誌のことである。別に、怪しげなヤツではないが、勝手に自分の写真が投稿されると困る。被写体には、肖像権があるのだ。
「そんなことしないよ。写真部で、陣高祭の特集を組むんだよ。その中で、使おうと思ってるんだけど、駄目かな?」
風間くんにしては、意外とマトモだ。
「へぇ〜、そうなの。いいわよ、お蓮さんとキョーコと瑞樹も呼んでくるから」
「ありがとう」
それから、写真撮影会が始まった。
『もう少し、表情作って下さい』
風間くんが、パシャパシャとシャッターを切る。その音に、呼応してフラッシュがバンバン焚かれる。
『あっ、林水先輩と美樹原さん、もう少し寄って下さい』
忙しなく動き回りながら、シャッターを切る。なんだか、えらく本格的だ。
最初は、全員あんまりノリ気じゃなかった。でも、写真を撮っているうちに、その気になってくるから不思議。
『千鳥さん。こっちに、目線下さい』
「こ、こう?」
かなめは目線を送りながら、それらしいポーズを取ってみる。気分は、もう有名モデルである。
『はい、OKです。次、稲葉さん。トレイを胸の前で抱えるようにして……いいですよ』
『じゃあ、常盤さん。トレイでお尻を隠すように……』
部外者が聞けば、なんだかエッチに聞こえてくる。胸が強調されるスタイルだ。
『美樹原さん。流し目って出来ます。できたら、お願いしたいんですけど?』
「えっ、恥ずかしいです……」
頬に手を当てる。すかさず、その表情も逃さない風間くん。
『そこを、お願いします!!』
風間くんが手を合わせて、拝み倒す。
「……こっ、こうですか?」
言われた通りに、それらしい恰好をしてみる。髪を掻き上げながら、少し上目遣いの視線を送る。
(い、色っぽい……)
かなめは、思わず息を飲んでしまう。それは、恭子も瑞樹も同じだった。思わず、風間くんのシャッターを切る指も止まっている。一体、ファインダー越しに、お蓮さんの姿はどう写っているんだろう。
お蓮さんって清純派のイメージだ。だから、こういう風な表情を見せることはほとんどない。だから、余計に艶やかというか、色っぽい。
「ねえねえ、風間くん。ちょっといい?」
恭子が手招きし、耳元で何かを話している。
「あのね……ゴニョ、ゴニョ……」
「あっ、いいよ、それくらい。こっちも無理言ってるんだし……」
恭子はチラッとかなめの方を見ると、店の外へと走っていく。あれは、絶対に何か企んでいる顔だ。
「何やってんだろ、キョーコ?」
「ふーっ、あんたも鈍いわね。カナメ」
どうも、瑞樹には恭子の意図する所がわかったらしい。
「ほらっ、相良くん。早く!!」
「ふむ、常盤。そんなに、引っ張るな。腕が千切れるではないか……」
そこには、ボン太くんの頭を抱えた宗介の姿があった。恭子が強引にボン太くんの腕を引っ張っている。なんだか、すんごく嬉しそうだ。
「ほらっ、カナメも早く行ったら」
瑞樹がポンッと肩を叩く。
「そうですよ、千鳥さん」
「もぉ〜、お蓮さんまで……」
ようやく、かなめにも合点が行く。どうやら、また恭子のお節介のようだ。
すごく照れくさい。
「ほらっ、カナちゃん。早く、早く♪」
恭子は満面の笑みを浮かべて、手招きしている。
「こらっ、キョーコ!!」
「はいはい、カナちゃん。文句は、あとあと。相良くんも待ってるよ」
こんな笑顔で言われたら、怒るに怒れない。
(もぉ〜、この娘は……。この可愛い服の下に、先の尖った真っ黒な尻尾を隠しているに違いない)
『じゃあ、いいかな、二人とも。笑って』
かなめの隣りでは、宗介が少し照れくさそうに笑っていた。
それから、紅茶を入れている場面や四人のからみの写真なんかも撮ったりした。時間にして、十五分くらいだろうか。撮影会は、無事に終了した。
『みんな、ありがとう』
風間くんは、ぺこぺこと頭を下げるとお店を後にしていった。

<後編につづく>


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