『魅惑の即席ティールーム 前編』
二人の女性が静々と歩いてくる。一人は、腰まで届きそうな黒髪を赤いリボンで結んでいる。もう一人は、とんぼ眼鏡におさげ髪の少女だ。二人は、ティーセットとお茶菓子を載せた銀色のトレイを運んでくる。
「蓮お嬢様。お茶の御用意が整いました」
おさげ髪の少女が、少し危なっかしい手つきで紅茶を注ぐ。テーブルの上には、すぐに豊潤で高貴な香が漂う。
蓮と呼ばれた少女は、恭しい手つきでカップを口元に運ぶ。まずは、ゆっくりとその香りを楽しむ。それから、琥珀色の液体を口に含む。喉がコクッと鳴り、高貴な香りが喉を駆け抜ける。
「美味しいですよ、恭子さん。これなら、大丈夫ですよ」
ニッコリと微笑む。
「ありがとうございます。蓮お嬢様」
ペコリと頭を下げるおさげ髪の少女。
「なーんてね♪ なーんてね♪」
嬉しそうな声をあげ、はしゃいでいる。頭の上では、二本のおさげが兎の耳のように揺れている。
「どう、どう。カナちゃん。似合ってる?」
みんなに、見えるようにクルッとその場で回転する。
「いいわよ、キョーコ。ばっちり!!」
「あのぉ、でもよろしいんでしょうか。メイド服が似合うって、誉め言葉じゃないような気がしますが……」
三人はメイド服――いわゆる、エプロンドレスを着ていた。
半袖の紺のワンピースの上に、ヒラヒラのついた真っ白なエプロンを腰の所をギュッと縛っている。結び目は、当然リボン。腰の辺りで、大きめのリボンが揺れている。そして、頭にもヒラヒラのついたキャップ。足元も紺の靴に、ヒラヒラつきの白いソックス。胸元には、真っ赤なリボンがアクセントを加えている。
「いーの、いーの。可愛いんだから」
「ねー♪」
三人は紅茶を煎れる練習を兼ねて、メイドさんごっこをしていた。当然、いちばん気品漂うお蓮さんが、お嬢様役である。
「ちょっと、カナメもキョーコも遊んでないで、手伝ってよ」
おかっぱにセミロングの少女が暖簾の奥から顔を覗かせる。
こちらも、三人と同じ格好である。
「たくっ、何であたしがこんなことしなきゃいけないのよ?」
「ミズキちゃんだって、結構気に入ってたじゃない」
「うっ……そりゃね」
稲葉瑞樹は一人文句を垂れている。
「こんな機会でもなきゃ、メイド服なんて一生着ないもんね♪」
なぜ、この四人――千鳥かなめ、常盤恭子、美樹原蓮、稲葉瑞樹までがこんな格好をしているかというと、話は二週間前の生徒会の面々による会議にまで溯る。


生徒会室には、林水先輩をはじめ、いつもの面々が揃っていた。
「……という理由で、今回の陣高祭では、生徒会からも催し物を出すことになった」
どういう理由かはここでは省く。
陣高祭――それは、都立陣代高校で最大のイベントである。演劇ありの、企画物ありの、お店ありの何でもゴザレのイベントである。三日間に渡って繰り広げられるこのイベントは、学外にも解放されている。そのため、近隣の住民や他校生にとっても毎年楽しみにされている。
「じゃあ、どうします。あんまり、時間ありませんよ?」
かなめの言葉どおり、陣高祭まで後二週間。悠長に考えている暇はない。
「みんなの知恵を拝借したいと考えている。自由な意見を出してくれ」
「わかりました」
「閣下。よろしいでしょうか?」
宗介がビシッと手を上げる。
「では、相良くん」
(嫌な予感が……)
「自分は、大規模な対テロ訓練を敢行したいと考えます」
「続けてくれたまえ」
「はっ。目的は、校舎に人質を取って立て篭もったテロリストの撃滅であります。生徒を二つに分け、オフェンスとディフェンス側で実戦形式の模擬戦を行いたいと思います」
(ちょっと、実戦って……)
恐ろしい言葉だ。
「ほほぉ」
「この訓練の目的は、テロに対する認識を深めてもらうこと、自分の無知、無力さを認識してもらうことであります。究極的には、戦場では自分の身は自分で守る。これが、兵士の鉄則であると気がつくでしょう」
注意しとくが、ここは戦場ではない。神聖な学び舎である。
「まず、義勇兵を募ります。彼らの使命はただ一つ。数々のトラップを潜り抜け、敵の指揮官を撃破することです。当然、敵の指揮官は自分が勤めさせていただきます」
「なかなか、独創的なアイデアで面白い。候補に加えるとしよう」
林水先輩がそう言うと、お蓮さんが黒板に『対テロ訓練』と書く。
(ああぁ、お蓮さんまで……)
生徒会最後の良心の砦が陥落する。もう、誰も二人の暴走を止められない。
かなめは、なんだか頭が痛くなってきた。
「お褒めにあずかり、光栄であります」
「ちょっと、待って下さい。それは、却下です。却下!!」
「なぜだ、千鳥?」
隣りで立ち上がり、抗議するかなめを不審な目つきで眺める。
「あんた、本気で言ってんの。死人が出たらどうすんのよ?」
「ふむ。殉職扱いとなるな。学校から、見舞金が支払われるだろう」
「な……な、なに言ってんのよ」
かなめは、口をパクパクさせている。
「それは、冗談だ。心配するな、千鳥。武器は、全て非致死性のゴムスタン弾を使用する」
阿鼻叫喚の地獄絵図。
死人は出ないかもしれないが、怪我人は山のように出る。千鳥の脳裏には、陣代高校に救急車が殺到する光景が浮かぶ。
「絶対、却下っ。副会長の権限で却下させてもらいます!!!」
「千鳥。それは、横暴というものだ。独裁はよくないぞ」
宗介が不満そうな顔をする。
「このぉ、ど阿呆ぉ〜。あたしは、どっかの国のチョビ髭かぁ!!」
宗介の胸倉を掴む。
「ぐ……るしい……いぞ、千鳥」
どうも、良い具合に首が絞まっているらしく、顔色が青くなっていく。
「仕方ない。千鳥くんがノリ気でないなら、代案を考えるしかあるまい」
(おい、あんた本気でやる気だったのか……)
かなめには、時々この「文の奇才」林水敦信の考えていることがわからなくなる。
「あのぉ〜」
お蓮さんがおずおずと手を上げている。
「何かね、美樹原くん」
「はい。喫茶店などいかがでしょうか」
「そうね。シンプルだけど、それがいいんじゃない?」
ようやく解放される宗介。気絶する一歩手前だ。
「千鳥。もう少しで、死にそうになったぞ」
「ふんっ。あんたには、これくらいで丁度いいのよ」
「みんなは、美樹原くんの意見をどう思う?」
出席者からは、概ね賛成の声が聞こえてくる。
「閣下。自分は、対テロ訓練を推……」
「この大馬鹿者!!」
ハリセンが宗介の後頭部を叩き飛ばす。
「では、喫茶店を出すということで決定する」
「ありがとうございます」
なせだか、お礼を言うお蓮さん。
「でも、メニューとか、内装、衣装とかどうするんですか?」
「それに関しては、考えがある。任せておいてくれ」
「はあ、それならいいですけど……」
なんか、不安だ。でも、宗介に任せるよりはいい。
「千鳥くん。知り合いの女生徒を何名か手伝いとして連れてきてくれないか。それなりの報酬は出すつもりだ」
「えっ、いいですけど」
「では、明日までに頼むよ」
という理由で、常盤恭子と稲葉瑞樹の二人に予定を聞きにいく。
「えっ、喫茶店やるの。いいよ」
恭子は二つ返事でOK。
「どうしよっかなあ。まあ、バイト代も出るんでしょ。じゃあ、OKよ」
少々迷ったらしいが、こちらも色よい返事である。そして、二人の協力が得られることを先輩に報告した。


それから、三日後。臨時会議の席に二人も出席することとなった。
「とりあえず、全員分の衣装が出来た。試着してくれたまえ」
「わかりました」
渡されたのは、それぞれの名前の書かれた紙袋。けっこう重量感がある。そのまま、更衣室へと移動して、着替える。だが、中身を見て女性陣は、お蓮さんを除いて絶句。
「ちょっと、カナメ。もしかして、林水先輩って変な趣味があるんじゃないの?」
瑞樹がヒソヒソと話しかけて来る。もちろん、お蓮さんには聞こえないようにだ。
「それは、ないと思うけど……」
そう言うが、断言はできない。
「文の奇才」である林水は、こういう趣味の持ち主なのだろうか。天才とは、往々にして普通の人には理解できないものである。
「ねえねえ、カナちゃん。メイド服って、何だかエッチな気がしない?」
(こら、キョーコ。発想がオジサンしてるぞ!!)
「そお、別にそうは思わないけど……ねえ、お蓮さん」
「そうですね。お店で給仕をするのですから、正装じゃないでしょうか」
ちょっと首をかしげる。多分、メイド服=エッチという方程式が頭の中に思い浮かばなかったのだろう。
「まあ、正論ね」
呆れ顔の瑞樹。
「それに……」
『それに?』
三人の声がハモった。
「会長のセンスは、とても素晴らしいと思います……」
ポッと頬を桜色に染める。
(まあ、センスは悪くないわよね)
この服が適当であるかは別にしも、服のセンスは悪くない。客観的に見ても、可愛いと思う。結局、全員袖を通してみることにした。しかも、御丁寧に靴まで、用意してあった。


着替えを終えた女性陣を見て、男性陣は大喜びである。中には、『男の浪漫だ、夢だ、萌えだ!!』と叫び、涙を流す奴もいる。安っぽい浪漫だし、夢だと思う。でも、最後の萌えというのは意味がわからない。
「男って、悲しい生き物なのよ」
そんな男子の姿を見て、瑞樹がポツリと呟いた。
「そうなの……?」
その顔は、どこか悟りの境地に似ていた。もしかしたら、以前付き合っていた人と何かあったのかもしれない。
「……そういうものなのよ」
最初は、嫌な顔をしていた女子。だが、今では、結構ノリ気である。なんだかんだ言っても、服自体は可愛いし、男子から誉められて悪い気はしない。
「美樹原くん。良く似合ってるよ」
「そんな……会長こそ、凛々しいお姿です……」
ポッと頬を染めるお蓮さん。
(う〜ん、可愛いぞ。お蓮さん……)
男子も服を着替えていた。男子の服はホテルのボーイのような恰好で、白と黒のツートンカラーである。
「ほらほら、相良くん。どう、何か言ってあげなよ?」
メイド服に着替えたかなめの背中を押す。
「ちょ、ちょっと、キョーコ。何言ってんのよ?」
「はぁ、お熱いこって」
「瑞樹まで……冗談はよしてよね」
照れながらも、宗介の前に出るかなめ。
(ドキドキ……)
憎まれ口を叩いていても、心のどこかで少しは期待している。
「……千鳥」
「うっ……な、何よ?」
「……その服は危険だ」
「へっ!?」
一瞬、その言葉の意味が理解出来ず、目が点になる。
「ブッシュ戦において、白と黒のコントラストは非常に目立つ。瞬時に、敵のスナイパーに発見され、確実にヒットされる。自分なら、緑と茶色の迷彩服の着用を薦めるが……」
スパ―――ン。
「痛いぞ、千鳥」
殴られた後頭部を擦りながら呟く。
「あんたねえ、一体どこにブッシュがあるってーの?」
宗介は、辺りを見回す。
「ふむ、見当たらないな」
「当たり前でしょーが!!」
その時、宗介の視界の端で何かがキラリと光った。
「むっ、千鳥。伏せろ!!」
「キャッ」
突然、宗介がかなめを押し倒す。見方によっては、宗介がかなめに、アレやコレをしようとしているように見える。ベッドの上なら、完全なラブシーンである。
「わあ、相良くんってば大胆♪」
無責任な黄色い声援をあげる恭子。
「カナメ。そういうことは、人目のない所でやって」
こちら瑞樹、呆れ顔で眺めている。
「あのぉ、そういうことは……まだわたくしたちには早いと思います……」
頬に手を当てて、恥ずかしそうに呟く。
「お蓮さんまで……あのねぇ……これは」
反論しようにも、宗介がかなめの上から動こうとしない。
全員の目が二人に集中している。
(あ〜もうっ。何で、こうなるのよ……)
それにしても、恥ずかしい。自分でも、顔が赤くなっているのがわかる。
(ちょっと、早く退いてよね……)
「全員、身を低くして床に伏せろ!!」
グロッグ19を構えながら、大声で叫ぶ。そして、そのままジロッと反対の校舎の屋上に鋭い視線を送る。その迫力に押され、全員身を低くする。
どのくらい、そうしただろうか。宗介が額の汗を拭うと、口を開いた。
「反対側の校舎からライフルで狙われていたような気がしてな。どうやら、間違いだったようだ……」
ワナワナと怒りが込み上げてくる。羞恥と怒りで頬が真っ赤に染まる。
「……それが、女の子を押し倒しておいて言うセリフかっ!!」
かなめの怒りのアッパーカットが炸裂する。
「ジェットアッパー!!!!!!!!!!!」
かなめの拳が正確に顎にヒットし、宗介の体は宙に舞った。
「カナメは、よくあんなのと付き合っているわね……」
「……うん、あたしもそんな気がしてきた」
恭子と瑞樹は、二人の姿を呆れた様子で眺めていた。

<中編につづく>


文頭へ 進む 毒を喰らわば一蓮托生へ
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