『まどろみの中で』
 ココハ……ドコダ……
何も見えない。何も聞こえない。果てしない暗闇の中。永遠の静寂の中。
 コレガ、死カ……
心のどこかでそう思う。
 オレハ死ンダノカ……?
深い闇の沼に体が沈んでいく。とめどなく……。どこまでも……どこまでも……。
 死ヌ時ニャ今マデノ思イ出ガ見エルッテイウガ……オレニハソンナモノハ……
男がそう思った時、彼方に小さな光が生まれた。
 アレハ……?
そこには、小さな赤ん坊を抱いた男が立っていた……。
「おい、ガウルン。そのガキ、どうしたんだ?」
「あぁ、今日襲った村で見つけてな。殺しちまうのも後味悪いんで持ってきた」
「お前にしてはめずらしいな」
「まあ、な」
 アレハ……
男はその人物を知っていた。なぜなら、それはまごう事なき自分であったのだから。
 コレハ、アノ頃ノ……オレガマダ「普通」ダッタ……「只ノ」傭兵ダッタコロノ……
男――ガウルン――は、少し、ほんの少し、懐かしそうにそれに見入った。


その赤ん坊はガウルンが作戦から戻るたびに笑顔で迎えた。無垢の笑顔で。
「ふん、なに笑ってんだ。俺はたった今何人も殺してきたとこだぜ? 怖くねぇのか?」
「あぁ、あばあば」
「ケッ、赤ん坊になに言ってもムダか……」
いつしか、戦闘から戻るとその子の笑顔を見ることが日課になっていた。
「お前の事だからすぐに殺しちまうと思ったんだがな。なかなか長続きしてるじゃないか」
「ガキってのは見てるだけでおもしれえな。泣き出したかと思うとすぐ笑って、喜んでるかと思えばいつの間にか寝てやがる。自由気ままだよ。まるで俺たちが失くしちまったもん全部持ってるみたいだぜ」
「……まぁ、俺たちも最初はそうだったんだろうな。……何を間違ってゲリラなんぞになったんだか……」
「……こいつには俺たちみたいな間違いはしてほしくねぇな」
「全くだ」
その会話の内容を、分かってるのかいないのか、赤ん坊はただニコニコと笑っていた。
「そういや、こいつの名前、なんていうんだ?」
「そうだな、名前は……」
 ソウダ。アノ頃ハオレハマダ「マトモ」ダッタ……少ナクトモ、今ヨリハ……
 アノ頃ノオレガ一番「幸セ」ダッタカモシレネェナ……ダガ……確カ、コノ後……


「敵襲!! 敵襲!!」
仲間の叫び声が上がる。当時敵対関係にあったカリーニン率いるソ連軍の、突然の夜襲だった。
「くそっ!」
ガウルンは毒づきながらテントを飛び出した。あたり一面、炎に包まれていた。
「くそっ、イワンの奴ら……!」
あちこちから仲間の断末魔が聞こえてきた。
「くっ、逃げるしかねぇ!」
テントの中の赤ん坊を連れて出そうと振り向いた瞬間、ガウルンとテントの間に砲弾が落ちた。
「!!」
炎の壁がガウルンの行く手を阻む。ガウルンが突っ立ていたのはほんの二、三秒だった。テントに背を向け、猛然と走り出した。走りながら、小さく、何度も繰り返しつぶやいていた。
「殺してやる……イワン野郎め……殺してやる……カリーニンめ……!」
 ソウダ。アノ男ハ、アノ時ノオレノ全テトモイエルアイツヲ奪ッタンダ……


その後、カリーニンが戦場で子供を拾ったといううわさを聞いた。ガウルンは必死でその子供の事を調べた。結果、その子供こそ、あの時戦火の中に消えていたと思っていた子だった。赤ん坊を包んでいた布に書いてあったのを見たのだろう、カリーニンはその子供をガウルンが名づけた名前で呼んでいた。ガウルンの中で黒い怒りの炎が燃え上がった。
「あの野郎……いけしゃあしゃあと……!」
しばらくして、子供は再び別のゲリラにさらわれたらしい。時を経て、子供とカリーニンは敵対するようになっていた。
(へっ、いい気味だ。ざまぁみやがれ)
そう思うと同時に、心のどこかで無念に思っている自分がいた。
(結局……あいつは「俺たちと同じ世界」の住人になっちまったか……)
それから、一時的とはいえ自分の「宝」を横取りしたカリーニンに復讐する機会を待った。子供に自分たちと同じ世界の人間に育て上げた恨みも込めて。時は過ぎ、チャンスは訪れた。陰謀にかけられたカリーニンが軍部に追われているという。
(今がチャンスだ)
心の底の、黒い炎が勢いを増した。かつては、仲間の命を奪った、死ぬほど嫌いだったソ連軍もカリーニンに復讐できると思えば心地よいものだった。ガウルンはKGBに接触し、カリーニン追討の任務にあたった。その頃には、昔のように子供が自分と同じ世界の人間になった事を悔やんでいた自分は存在していなかった。ただ、何を犠牲にしてでもあの子供に会いたいという歪んだ愛情と、そして自分から全てを奪ったカリーニンへの殺意しか持っていなかった。いつしか、その殺意は子供と共にいる者全てに向けられた。
(あいつと居ていいのは俺だけだ……。あいつは俺の「息子」なんだ……)
 ダカラ、アノ村ノ奴ラハ皆殺シニシタンダ。イツモアイツノソバニ居タカラ……ダガ、アイツハ……
子供はガウルンの事を覚えていなかった。無理もない。まだ赤ん坊だった時分に別れたのだ。記憶にあったとしても、ガウルンだという事までは覚えていないだろう。子供は、ガウルンが村を襲った事に怒りを覚えた。カリーニンと組んで、ガウルンを殺そうとした。
(何故だ? 俺はお前と居たいだけ……お前を取り戻したいだけなのに……)
このとき、ガウルンは心の中である決断を下した。
(壊そう……手に入らないのなら、いっそのこと壊してしまおう……)
 ソウ、壊シテシマオウ。ソウ思ッテオレハ幾タビカオマエノ前ニ姿ヲ現シタ。シカシ、オマエハ会ウタビニヨリ強クナッテ、オレヲ殺ソウトシタ……


「ほんと嬉しいぜ。最後まで付き合ってくれるなんてなぁ……ククク」
「一緒に、派手に、おもしろおかしくいこうぜぇ!」
 死ヌ時ハ、一緒ニ……共ニ逝キタカッタ。ダガ、結局、オマエハ生キ残ッテ、俺ダケガ死ンダ……
 モウ一度……出来ルナラ、モウ一度ダケアイツニ会イタイ……

そこまで考えたところで、ガウルンの意識は遠のいていった。


「おい、こいつか?」
「あぁ、間違いない。『あの』組織の人間だ。この機体にも『例の装置』がついている」
「だが使えるのか? こいつ、まともなのは頭しかないぜ。体はぐしゃぐしゃだ。それに……」
「ここで言い合っててもしょうがないだろ? とにかく、俺たちはタクマやレイナ、そして俺たちの『親父』だった、武知征爾さんの敵を討つためにこの男が必要なんだ。こいつの機体を調べて『ベヘモス』以上の機体を造り上げる。あの人を否定した、全てに復讐してやる」
「ああ……何年かかろうとも、な」


ガウルンが再びまどろみから覚めると、そこはなにかの液体の中だった。その前に広がるのはどこかの研究施設……?
『お、やっと目を覚ましたか。お前さんに起きてもらわねぇと始まらないんでね』
 コイツハ、ナニヲ言ッテイル……? オレハ死ンダノデハナイノカ……?
『お前には、これからある機体に乗ってもらう。俺たちがこれから造る最高の「芸術品」にな。といっても、首から上を組み込むだけだが。ホントは俺たちがやりたいんだが……「ラムダドライバ」を扱える人間が〈A21〉には居ないんでね。まあ、何年後のなるかは分からんが……気長に待っててくれ』
 〈A21〉……? ドコカデ聞イタ事ガ……ソウカ、アノ『ボーイスカウト集団』カ……ダガ、奴ラノドコニ「芸術品」ヲ造レルホドノ金ガ……?
そこまで考えた時、ガウルンの首の入ったカプセルの前に一人の男が近づいてきた。丸い鼻の上に丸い眼鏡がちょこんと乗っている。男は部下に、ガウルンが喋れるようにカプセル内のマイクを入れるよう命じた。
「……」
『…………』
「……久しぶりだな、ガウルン」
『……どうしてお前が〈A21〉の連中と一緒に居るんだ? クラマ』
「私がここに居る理由か? 何も不思議な事ではない……」
『……なんだと?』
「そう、何も不思議ではない。なぜなら……俺は元々〈A21〉の人間だからな」
『なるほどな……で、組織からガメてきた金で俺の新しい体造ってくれるんだろ?さっき、そこの下っ端が言ってたぜ?』
「知ってるなら話は早い。お前には悪いが、お前の機体……〈コダールi〉を調べてより強力な戦闘兵器としてお前をつかわさせてもらう」
『ククク……何の冗談だ? 俺を使うだと……ククク……!』
「ふん。虚勢を張ってみたところでお前にはどうすることも出来ん。まぁ、お前にも得がないわけではない……。お前がやられた連中……特にあの少年には色々と怨みもあるだろう? それを晴らすチャンスをくれてやる。どうせ目的は同じなのだからな」
『……。わぁーったよ。好きなようにするがいいさ。……だが、一つだけ覚えておきな。俺を飼いならす事が出来るのはこの世で俺ただ一人だけだ』
「ふん……」
クラマはそれには耳を貸さず、何かのスイッチを切った。と、ガウルンの意識もブラックアウトした。ガウルンの目が閉じたのを確認してから、クラマは一人ごちた。
「貴様の命は私たちの手にあることを忘れるなよ……」
彼はカプセルに背を向け、去っていった。


それから幾年が経っただろうか……再びスイッチが入れられるまで、ガウルンは夢を見ることさえなかった。
薄暗い部屋にヴン、とかすかな音が響く。ガウルンが目を開けると、前のようにクラマが立っていた。その顔には幾つものしわが刻み込まれていた。
「……気分はどうだ? 懐かしき同志よ……」
『クックック……これがよく見えるなら、お前の目はどうかしてるぜ。それとも老けてボケちまったか? クク……そんなこたぁどうでもいい……。それより……俺のお休みの時間を邪魔したって事は、完成したんだろ? 例の物』
「あぁ……これから『それ』にお前を組み込む。だが、その前にお前にも見てもらおうか。お前の新しい『身体』……プラン1063〈ヘル〉を」
そう言ってクラマはパネルを操作した。正面にスクリーンが現れ、『身体』を映し出した。
『これは……? まんまじゃねぇか。どこをどう変えたんだ?』
「黙ってよく見てみろ」
そう言ってさらにパネルを操作すると、そのスペックの数字が拡大された。そのスペックの中に、妙な数字が混ざっていた。
〈身長……四五メートル〉
身長四五メートル。これではまるで……。
『〈ベヘモス〉並じゃねぇか。妙にでかいのにこだわりやがるな、おい。で、こいつ、例の「アレ」は積んでるんだろうな?』
「当然だろう。そうでなければ動かせん。……さて、お喋りもここまでだ、同志。今からお前はこいつの頭脳となり……我々の手足となってもらう」
『……』
「また、しばしのお別れだ……」
ガウルンの意識は暗闇へと消えた。
ガウルンが気がつくと、彼の頭部はすでに〈ヘル〉のコクピットの中だった。外では何人もの研究員とクラマの声が飛び交っていた。
『……本当に大丈夫なのですか? もし、あの男の意識が残っていたら……』
『その点は抜かりない。かろうじて脳が生きているだけのようなものだ。……それとも私の言う事が信用できんか?』
『いえ、そういうわけでは……』
『ならば何も案じる事はない。……我々の祈願がようやくかなう時が来たのだ。各部、異常はないな?』
『……いけます』
『……では、起動させろ』
『はっ……〈ヘル〉、起動します』
ヴン、キュィィイィイン……。
ガウルンは体中に力がみなぎってくるのが分かった。
 ソウダ。コレガオレノ「力」……
『よし……では東京に向けて出発……』
そこでガウルンは、外部スピーカーのスイッチを入れて唐突に喋りだした。
「いよう! 同志、クラマ。こちら、かろうじて脳が生きてるだけのガウルンだぜぇ?」
『!!!???』
「ククク……そう慌てなさんな。さて、この俺を道具として操ろうとしていた奴らには……それなりのお仕置きってもんが必要だよなぁ?」
『ちっ違う! 違うんだ、ガウルン! 私の話を……!』
「聞く耳ないね。死ね」
〈ヘル〉の頭部に内蔵された機関砲がほえた。クラマやその他の研究員が逃げ惑う。が、どうする事も出来ず、次々と炎の雨に体を貫かれていった。
『ぐぅっ……貴様、思考が止まっていたはずでは……』
「ざぁんねんでしたぁ。俺がそう簡単にくたばるとでも思っていたか? だとしたら、とんでもねぇ勘違いだな。ヒャハハ、お前なら少しは俺のこと、理解してると思っていたのになぁ? いや、少しでも分かってたら俺のことを利用しようなんざ考えねぇか。さて、と。お喋りはここまでだ。これから用事があるんでね。……お前らの敵はちゃんととってやるよ。安心してゆっくり休みな」
『や、止め……!』
「そう心配そうな面するなって」
ズガガガガ……。
機銃の音がやむと、クラマは沈黙した。その事に満足そうな笑みを浮かべたガウルンは、あえて生かしておいた数人のメンバーに声をかけた。
「さてと。お前ら、死にたくなければ俺の言う通りにしな。おっと、下手な気は起こさん方が身の為だぜ? ま、クラマみたいになりたけりゃ起こしてもいいがなぁ、ククク」
『ヒィッ、こ、殺さないで……』
「うんうん、いいねぇ。物分りがいいようだ。じゃ、さっそく東京に向けて出発、と行こうか。それと俺のメインコンピュータとここの通信システムを繋ぎな。さっさとしねぇと殺す」
『は、はひ……!』
生き残った数名の兵士が慌てて格納庫を出て行った。しばらくすると、コンピュータの接続が出来たとの報告が入った。
「よしよし、ではやりますか……」
クラマが〈アマルガム〉から技術を横流ししているだけあって、通信システムはかなりのものだった。
「まずは……」
ガウルンはてきぱきと作業をこなしていった。といっても、頭が機体に直結されているガウルンは、頭の中で考えるだけで全て事が進んでいった。ガウルンが通信した先は〈ミスリル〉の情報部だった。
「これでよし、と……。これであいつらも絡んでくる。すると必ずマイハニーが出て来るって寸法だ」
ガウルンはさらに、東京上陸後の詳しい作戦をすでに彼の配下となった者たちの告げた。彼等が持ち場に戻り、一人になったところでガウルンは小さくつぶやいた。
「カシムよぉ……。今度は……一緒に逝こうぜ……。なぁ、クソ息子ぉ……」
深夜の闇の中、ガウルンは刻一刻と東京に迫っていた。

<蘇りし死神 来る……>


あとがき

ども、真ゲッター1.5です。やっとこさ完成しました。今回の主人公は、読んでの通りガウルンです。何でいつも宗介ばかり狙うのかなぁ、とか考えてたらふっと浮かんだのです。「そうだ、ガウルンと宗介を親子にしちゃえ」ってなもんで……。どうでしょう(汗)。
ちなみに、これは前作「蘇りし死神」のガウルンから見たサイドストーリーとなっています。前作ではあまりにも扱い方が哀れだったので……。それにしても、まだまだ強引なところがありすぎますね……なんでガウルンがミスリルの情報部の通信先を知ってたか、とかその他にも色々(大汗)。まだまだ修行が足りんのぉ。じゃ、この辺で……。

 「待て」
 げっ、やっぱ来たか。
 「貴様、どういうつもりだ?(怒)」
 へ、何がでしょ?
 「とぼけるな。なぜ俺がガウルンの息子なのか、と聞いている」
 ジャキッ。
 うわ、撃つな撃つな!これには理由があるのだ!
 「どのような?」
 面白そうだから。
 パンッ。
 ぐふっ……!
 「あえて急所ははずしてある。今度このようなものを書こうものなら……」
 はぁ、はぁ……クソ、前回主人公にしてやった恩も忘れやがって……。
 「何か言ったか?」
 いえ、何も。
 「うむ。忘れるなよ。忠告を破るようであれば、お前の運命ないと思え。では俺はもう行く。用があるのでな」
 ……どうせ、カナメのとこだろ。
 「なぜそれを……」
 わからいでか。貴様の行動なぞ全てお見通しじゃ。
 「ほう」
 パン、パパンッ!
 ぐわぁぁあぁっ!
 「……全てお見通し、じゃなかったのか?」
 ふ、不意打ちとは卑怯なり……ガクッ。

真ゲッター1.5さん。有難うございますm(_ _)m。
前作「蘇りし死神」サイドストーリーですね(^^ゞ 。いや。プレストーリーか。
実は、前作を送って下さった時に「壊滅したA21がこんなん作れますかね?」とツッコミ(という名の感想)を送ったんです。見事に(?)それに答えてくれました。
劇中では「狂気のテロリスト」と評されるガウルンですが、彼にもマトモな(?)傭兵としての過去があったんですね。確かに「人を騙す者は、前に他人に騙されている」という法則もあります。きっとこんな感じのできごとが引き金になったのでしょう。
さり気な〜くカリーニンさんやクラマを絡ませてみたりと、きちんと本編を熟読されてますね。思わず「こんなだったっけ?」と小説引っぱり出しました(笑)。
――管理人より。


文頭へ 毒を喰らわば一蓮托生へ
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