オニックス・クーパーブラック神父が語る

『創 世 神 話』


はじめまして、皆さん。オニックス・クーパーブラックと申します。
聖職の身の上で、階級は「神父」です。
聖職で階級というのは少々おかしく聞こえるかもしれませんが、大勢の人が集まる以上、役割を決めて職務を分担すれば、自然とそうしたものが生まれてしまうのです。
階級は、上から「教皇」「次皇」「法王」「聖導師」「大司祭」「司祭」「助祭」「僧正」「牧師」「神父」「神官」「補官」「見習い」となります。従って、ボクの「神父」という階級はそれほど偉い訳ではありません。
これに現在の職務内容によって様々な呼び方が加わります。「修道士」「托鉢士」などがその例です。
「修道士」というのは、寺院の自営の為に身体を鍛え、戦う術を学ぶ者達の事です。ボク達のような聖職の者以上に厳しい戒律があり、自他共に厳しい修行を科している方々です。
「托鉢士」というのは、神の教えを伝えるために町や村を周る者達の事です。神の教えや有難くためになる話をし、その見返りとして施しを受けるのです。修行的な意味合いが強いですが、位が低い者だけがやる訳ではありません。
……あ、失礼しました。話が脱線してしまいましたね。

お聞きしたいのは「この世界がどうやって生まれたか」でしたね。
ボクも神父という立場上、そうした本を読み、偉い方からのお話も賜わりました。
しかし、これはあくまでもボクが属している教団に伝わるものです。それをご承知の上でお聞き戴ければ幸いです。


遥か昔。神々は物の数と同じだけ存在しました。物ひとつひとつに、それぞれ神が存在しました。
大地の神。風の神。海の神。炎の神。
小麦の神。米の神。水の神。酒の神。
旅の神。商いの神。農業の神。戦いの神。
笑いの神。怒りの神。悲しみの神。恨みの神。

神々は、神々の住まう世界にて、己の領域を護り、互いの領分を侵さず、
下界に暮らす人々を導き、時には力を貸し与え、時には裁きました。
神ではないが、神の力——ほんの何万分の一程度ですが——を使える者も多く存在しました。
この神の力を今日では「魔法」と呼んでいます。

そんなある時。この神々の住まう世界に、戦乱が吹き荒れたのでした。
原因は、魔界や冥界からの侵略とも、神々同士の抗争とも云われていますが、今となっては誰にも判りません。
神々とて、不死身の存在ではありません。
戦いの中、次々と命を落としました。
その戦いは、下界に暮らす人間達にも、多大なる影響を与えました。
戦いによって神々が命を落とすと、命を落とした神が司っている物が、力を無くしていったのです。

神々の戦いは何千年、何万年の永きに亘って続きました。
その永き時を経て、少しずつ下界は姿を変えていきました。
生き物の心身は荒廃し、摂理を無視した行いが続き、その場の快楽のみを追求する者で溢れ、
それが、豊かだった世界を狂わせていきました。
そしていつしか、形のみがわずかに残る、荒れ果てた世界となってしまいました。

数えきれない程の年月の末、殆どの神を失う形で戦いは終わりを告げました。
下界はもちろん、神々の世界も寂しく荒れ果て、かつての栄光をも失ってしまいました。
ある神は、神としての力を捨てて下界や魔界へ向かい、
ある神は、行く末を儚んで自ら命を断ちました。


太陽の神・ソルベルドは、戦いに使った血塗れの槍を杖の代わりにして立ち、荒れ果てた世界を見つめていました。
「何という事だ。豊かなる我等の世界が滅びてしまうなど」
数え切れぬ永き戦いで、ソルベルド自身幾度も深手を負い、もう自分の命が永くはない事を悟っていました。
「ルナザレス」
ソルベルドは背後にいる妹。月の神・ルナザレスに声をかけました。
ルナザレスは、ソルベルドの必死の戦いのおかげで、ほとんど無傷でした。
ルナザレスはソルベルドに言いました。
「お兄様。もうこの世界に残る神々はわずかでございます。新たな神が誕生しない限り、荒れ果てた世界は失われてしまうでしょう」
ソルベルドはルナザレスの言葉にうなづくと、ルナザレスに言いました。
「わかった。あの岩がいいだろう」
ソルベルドとルナザレスは、近くにあった大きな岩に向かって歩いていきました。
ソルベルドとルナザレスは、大きな岩を挟むようにして立ち、両手をそっと乗せて叫んだのです。
「太陽の神・ソルベルドと、月の神・ルナザレスの名に於いて願う。今ここに、新たなる神を創造し賜え」
すると、大きな岩が優しげな光に包まれたのです。
優しげな光が消えると、そこには一人の男が横たわっていました。
「汝の名は創造の神エカム・エダム・クレアート。新たなる世界を構築する命をここに与えん」
ソルベルドは高らかに宣言しました。
しかし、その宣言と同時にソルベルドは息絶えてしまいました。
ルナザレスは悲しみに打ちひしがれ、その場で自害するべく、ソルベルドの腰に差した剣をすらりと抜きました。
「待ちなさい、ルナザレス」
後ろからルナザレスに声をかけたのは、暗闇の神・フォ=ルスでした。
フォ=ルスも身体のあちこちに怪我を負い、痛々しい姿でした。
フォ=ルスはソルベルドの剣をルナザレスから取り上げると言いました。
「あなたまで命を落としてどうするのです。光が失われた世界にするおつもりですか」
ルナザレスは涙ながらに言いました。
「お兄様は私を護ろうと戦ったのです。私など、お兄様がいなければ何もできない」
フォ=ルスはルナザレスの涙をぬぐうと、足元の小枝を拾い上げました。
「一人でできないのなら、二人でやればよいではないか。及ばずながら力になろう」
フォ=ルスは自分の両の手に小枝を置いて言いました。
「この小枝を、この神の伴侶としようではないか。きっと、新たなる世界を作ってくれる事だろう」
ルナザレスは、その小枝に両手をそっと乗せて叫んだのです。
「暗闇の神・フォ=ルスと、月の神・ルナザレスの名に於いて願う。今ここに、新たなる神を創造し賜え」
すると、小枝が優しげな光に包まれたのです。
優しげな光が消えると、フォ=ルスは一人の女性を抱きかかえていました。
「汝の名は平和と喜びを尊ぶ神エキャエップ・ヨジ・ラピアス。新たなる世界構築の支えとならん事を」
フォ=ルスは優しげに言った後、エキャエップ・ヨジ・ラピアスを、そっとエカム・エダム・クレアートの隣に横たえました。
その後、ルナザレスとフォ=ルスは共に手を取り合い、力尽きたのです。


この世界には何柱もの神がおられます。ボクが崇拝しているのはエカム・エダム・クレアート様。
もっとも、聖職以外の信者の方々や、正式な儀式の場でないのなら、単に「クレアート様」とお呼びします。
重ねて申し上げますが、これはクレアート様を崇拝する我々の宗派に伝わる神話です。他の宗派でどのように伝わっているかは、申し訳ありませんがよくは知りません。
宗教学者の意見では「崇拝する神を主軸とするように、多少の脚色がある」そうですが、その脚色が永い時を経て事実を歪めてしまうのはよくある事です。
さて。ここまでが言わば「神の誕生」に当たる部分です。次に世界がどうやって生まれたかをお話しましょう。


エカム・エダム・クレアートは、今までとは異なる空間に、まず光と闇を作りました。
光と闇が生まれた事により、昼と夜とが生まれました。
その次に天と地を作りました。
これにより神の住まう天と人の住まう地に厳格な境界が生まれました。
それから、残されたわずかな資料を元に、あらゆる物を生み出しました。
天を彩るために、光を放つ太陽を。夜の闇を照らす月を。それらを補佐する星々を。
地を彩るために、鮮やかな草木を。潤うための河川を。駆け巡る風を。
それぞれ造り上げていきました。
そこに、わずかに生き残っていた全世界の人類を移住させたのです。
彼等の子孫が、現在エルフ・ドワーフなどの「亜人種」と呼ばれる者達なのです。

しかし、造り上げはしましたが、司る者がいないので状態が不安定のままでした。
この不安定さが「災害」という形で姿を現わすのです。
エカム・エダム・クレアートとエキャエップ・ヨジ・ラピアスは子供達以外にも神々を産みました。
神の世界に舞い戻ってきた神々もいましたが、かつて程の力はなく、新たな創造神を快く迎え入れました。
しかし、エカム・エダム・クレアートはそれぞれを司る者を生み出す事に躊躇していました。
万物に神が宿る世界が滅んでいるためか、司る神を作るのではなく、見守る者を造り出しました。
それが今日云う「精霊」なのです。

しかし、この不安定さの中から、生命の祖とも言える原始的な生命体が誕生したのです。
不安定であるが故に、神の力がなくても世界は流動し、奇跡が起きたのです。
創造神の造り出した世界から、創造神の手を借りずに生まれた生命。
エカム・エダム・クレアートはこの生命に着目しました。
その生命は不安定な世界で、少しでも生き長らえようと様々な方法を編み出し、姿を変えていきました。
それが今日における「生命の進化」と呼ばれるものです。
エカム・エダム・クレアートは、あえて世界を不安定なままにしておきました。
『何から何まで神が導く事はない。我々は見守るだけでいいのだ。この世界の生命は、自分達の力で生きる事ができるのだから』
そう考えた末、神は天より見守る事となったのです。

この世界で創造神の手を借りずに生まれた生命。進化をくり返した果てに生まれたのが「人類」です。
神の力を受けていないため、基本的に人類は神の力——魔法を扱う事ができません。
それに比べて「妖精」は、神の力を与えられた者たち。魔法を扱う事ができます。
異なる二つの存在は、永い間抗争と和解をくり返しました。
その歴史の中二つの血は交わり、妖精の才能を持った人類が誕生する事となりました。
彼等が「魔法使い」と呼ばれる人々となるのです。


本来はもっともっと長く、物語としても読めるように様々な脚色が加えられているのですが、ここでは割愛させて頂きます。
駆け足でしたのでちょっと判りにくかったかもしれませんが、これが、ボク達の住むこの世界の神話です。
神話を知る事は、その世界の成り立ちや歴史を知る事でもあります。
でも、知るだけではいけません。
この世界を作りたもうた神に感謝をする心だけは、決して忘れないで下さい。
たとえ、どの神を崇拝していなくても、神がおわす以上忘れてはならない事なのですから。

——Onyx Cooperblack

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