「Baskerville FAN-TAIL the 5th.」 VS. Wide
「……3・2・1」
彼女は両手に握り締めたままのイヤーウィスパーを素早く耳の中に押し込みながらカウントダウンをしていた。
「ゼロッ!」
彼女の合図と寸分の狂いもなく、突然けたたましい轟音が辺りに響き渡った。

ビリリリリリリリリリリリリッ!!

「どわぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあっ!!」

「やぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあんっ!!」

ドタドタッと足音を響かせ、グライダ・バンビールとセリファ・バンビールの二人が自分の部屋から飛び出してきた。
二人ともゼーゼーと荒い息を吐き、冷や汗までかいている。
「起きてきたみたいね。二人とも」
騒ぎを起こした張本人はケロリとした顔でそんな二人をクスクス笑いながら見ている。
「コーラン! ナニ考えてんのよーっ!!」
グライダが、その騒ぎの張本人・コーランのマントの襟を掴んでガクガクと揺する。
「……だって。『どんな方法でもいいから一発で起こして』って頼んだのそっちでしょ?」
コーランはグライダの後ろの方を見たまま淡々と答える。
その答えを聞いて、自分の後ろに立っている妹のセリファに目線を変えるグライダ。
「セ〜リ〜ファ〜……」
「……おねーサマ。こわい……」
ジリッと後ずさるセリファ。せめてもの抵抗か、姉のグライダのぬいぐるみを盾にする。
「あんたもあんたよっ! あ〜んなバッッカでかい音出して、近所から怒鳴られたらどーすんのよっ!」
グライダが怒りをあらわにして怒鳴る。
「グライダ」
コーランが真剣な顔で彼女を見つめて、一呼吸おくと、続けた。
「結界張っておいたから、音は全然漏れてないわよ。心配ないわ」
相変わらずの表情で答えるコーラン。
「あ、あのねぇ。あたしが言いたいのはそーゆー事じゃないのよぉ……」
ガクッと全身の力が抜けていくのを感じているグライダだった。


世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。
ここにも、朝はきちんとやってくる。
同時に、面倒な騒動までやってくる。
平穏な日は、一日としてなかった。
この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。
だからこそ、ここへ来れば——どんな職種であれ——仕事にあぶれる事はない、とまで云われている。


さて。何故、彼女達がこうまでして叩き起こされたのかというと、今日は、グライダとセリファの両親の命日だからである。
今日ばかりは墓参りという事で、黒い喪服に身を包む二人。
墓地の入り口まで来た所で、
「じゃあ、私はここで待ってるから。さっさと行ってきなさい」
コーランが静かに二人に告げた。
「どーして? コーランも行こうよ〜」
セリファが彼女のマントをくいくいと引っ張る。が、彼女は、
「久し振りにお父さんとお母さんに会うんでしょ? 家族水入らずで話してくれば?」
セリファの頭を軽く叩いて、彼女に言った。
「うん。じゃ、行ってくるね、コーラン」
「ええ。行ってらっしゃい」
花を持って墓地に入る二人を見送るコーランだった。
「時が経つのって、早いものね」
ポツリと呟いて、視線を真上に移した。
『あなた達のお子さんは、あんなに元気に成長してくれましたよ』
天にいる彼女等の両親にそう語りかけた。
「パパ。ママ。セリファもおねーサマも、元気です。えーと……」
「父さん、母さん。どうか、天国で見守っていて下さい」
セリファとグライダが墓碑に語りかける。
別に墓碑が返事をしてくれるわけはないのだが、語りかけずにはいられないのだ。
しかし、彼女達自身に、両親の思い出というものは皆無に等しい。幼少の記憶のほぼ全てはコーランの口から語られた事だ。
「ねーねーおねーサマ。どーして、コーランはセリファたちといっしょにいるのかなぁ?」
普段は決して口にしない事をグライダに告げるセリファ。グライダはそれを聞いて、
「そうね……。どうしてだろうね」
と、静かに答えるだけだった。
「二人とも。何をしている?」
突然後ろから声をかけてきたのは、戦闘用特殊工作兵のロボット・シャドウである。
セリファは、石材を担いだままの彼に、
「セリファとおねーサマの、パパとママがいるの」
と言いながら墓碑を指さす。
「……人間が石から造られると云うのは聞いた事がないが」
という真剣な声に、二人とも思わず噴き出してしまった。
「何かおかしいか?」
「ごめんごめん。あたし達の両親のお墓よ。今日が命日なの」
グライダがシャドウに言うと、
「おい、バイト! それ運び終わったら帰っていいぞ!」
遠くで中年男の怒鳴り声がし、シャドウは顔をそちらへ向けると、
「了解した」
と、静かに答えた。
「あ、バイト中だったのね」
「自分の整備費は自分で稼ぐ。人間の街で生活するには、そうした方が自然だ」
そう言って、そのまま石材を担いで去って行こうとする。
しかし、その後聞こえてきた声が、事件の発端になった。
「あーっ! ロボットだーっ!」
その声の主は、墓地の柵を飛び越えて一直線にシャドウに向かって走ってくる。コーランの物と同じ、金属の様な光沢を放つフード付きのマントをなびかせて。
「わぁ〜。本物だぁ♪ いーないーなぁ」
声の主はシャドウのボディにベタベタ触りながら、
「……人型ロボットは結構見たけど、美しいと思ったものは初めてです」
うっとりとした目でシャドウを見つめていたが、やがて真剣な顔になり、
「ところで変形します? 合体します? ロケットパンチとか出せます!?」
シャドウは、すさまじい勢いでポンポンと質問を浴びせる声の主に向かって、
「何の用だ、女」
「女?」
駆け寄ってきたグライダとセリファが首を傾げる。
彼女は、今まで被ったままのフードを取り、皆に顔を見せた。
「……聞いた事がある声だと思ったら、やっぱりあんただったの、ナカゴ」
いつの間にかグライダとセリファの後ろに立っていたコーランが溜め息交じりに呟いた。
途端、彼女は直立不動の姿勢を取り、ピッと敬礼する。
「お久し振りです、サイカ先輩っ!」
「……そっちの名前(ファーストネーム)で呼ぶんだから、あのナカゴに間違いなさそうね」
「コーラン。『サイカ』って、コーランの事なの?」
グライダが不思議そうに尋ねる。
「そうよ。そういえば、私のフルネームって言った事なかったかしら?」
グライダとセリファの二人がプルプル首を振るのを見て、
「……サイカ・S(ショウン)・コーラン。それが私のフルネームだもの。魔界では、ファーストネームで呼びあう方が普通だから」
と、少し恥ずかしそうに答えた。そして、彼女の方に向き直り、
「で、彼女はナカゴ・シャーレン」
「この度、魔界治安維持隊(まかいちあんいじたい)人界分所に配属になりました。よろしくお願い致しますっ」
ナカゴはそう言って、再びピッと敬礼した。


一方、バーナムとクーパーの二人は、クーパーの教会に送られて来た差出人不明のビデオテープを眺めていた。
「これ……ビデオテープ、だよな」
「そうですね。少なくとも、カセットテープには見えませんね」
「これって……やっぱ『アレ』かなぁ」
「……呪いなどはかけられていませんから、大丈夫でしょう。再生してみましょうか」
クーパーはビデオデッキにテープを入れ、電源を入れ、再生ボタンを押す。
画面は真っ黒のままだったが、やがてぼんやりと何かが見えてきた。
それは、作動中のカセットテープのアップを映したものだった。それから、何十年も前に流行ったスパイ物のドラマのBGMをバックに、男の声が聞こえてくる。
『……さて。君達の今回の任務は、魔界より逃亡中の空間転移者(スペースチェンジャー)・ライトラインの逮捕である。この一件は、魔界治安維持隊人界分所所長ナカゴ・シャーレン殿と協力して行なってほしい』
そう言うと、映像が切り替わり、人間で言えば二十歳ぐらいの、濃紺と銀のストライプの髪の少女が写し出された。
『詳しい事。細かな指示などは、彼女から直接聞くといいだろう。諸君等の無事と任務遂行を祈っている』
そう言うと、ブツンという音がして、元の真っ黒の画面に戻った。
ちょうどその時、クーパーの部屋の電話のベルが鳴り響いた。


治安維持隊とは、こちらでいう警察機構の事である。この世界では、人界(人間界の事)と魔界は多少の制限はあるものの自由に行き来ができる。
主に人界から物資と科学技術。魔界から魔法に関する技術や人材が行き来するのだが、同時に犯罪者も行き来してしまう。
そういった犯罪者の取り締まりから、人界に来ている魔界の者の身元保証なども行なう、いわば大使館も兼ねた施設である。
ナカゴは、そこの所長として新たに配属になったというわけだ。
もちろん人界の分所は他にもいくつもある。人界分所○○支所と名乗らないのは疑問に感じたが、魔界の者だけが使えるテレポート技術やネットワークの為に、そういった行為はあまり意味を持たないと考えるのが魔界風なのだそうだ。
一行は所長室に通される。ナカゴは開口一番、
「サイカ先輩。久し振りに魔界の酒でもどうですか?」
戸棚の中からグライダ達には読めない魔界の文字のラベルのビンを出してきた。コーランは軽く首を倒して答え、
「いいの? 所長室にお酒持ち込んで……」
しかし、ナカゴはそれには答えず、グライダとセリファに魔界のお菓子を勧めている。
そして合間を見ては、シャドウにべったりとくっついていた。
「……本当は、サイカ先輩の部屋になる筈だったんですよね、この部屋……」
「えーっ! コーランって、しょ長さんなの?」
セリファのびっくりした声が部屋に響く。
「それじゃあ、コーランって、治安維持隊の人だったの?」
「そうよ。もう辞めちゃったけどね」
「もったいないなぁ。何で辞めちゃったのよ。出世街道まっしぐらだったんでしょ?」
「……そのうち話すわ」
乾いた笑みを浮かべるコーラン。
「ところで、私達をここへ連れてきた理由を、聞かせてもらえるかしら。思い出話に花を咲かせる為でもないでしょう?」
「……さすが、サイカ先輩。全部お見通しですか」
降参、といった感じで両手を上げると、自分の座席に腰掛け、肘をテーブルに乗せ手を組んだ。
「あなた達バスカーヴィル・ファンテイルに仕事を依頼します」
室内の空気が一変した。
「我々魔界の情報網によれば、あなた達がそのメンバーである事は明白です。その事は、魔界治安維持隊人界分所所長の名にかけて、決して口外致しません」
「……わかりました。その前に、あと二人、仲間を呼ばせてもらえませんか?」
グライダがナカゴにそう尋ねる。
「……許可しましょう」
彼女は、その姿勢を崩さず静かに答えた。
バーナムとクーパーが所長室に案内されたのは、それから一時間後の事だった。
「遅くなって申し訳ありません」
入る早々クーパーが頭を下げる。
「しょうがないよ。クーパーの教会からここまで来るの大変だもの。じゃあ、ナカゴさん。仕事の内容を説明してもらえますか?」
グライダがそう切り出した時、バーナムは、
「ライトラインって空間転移者(スペースチェンジャー)をとっ捕まえるの手伝えとさ」
そう言いながら、さっきまで見ていたビデオテープをグライダに見せる。グライダはそれを見て、納得したようである。
「にしても、そんなカッコで戦えんのか、グライダ?」
バーナムは、喪服——グライダにしては珍しいスカート姿を見て、違和感を感じる視線で見つめる。
「しょうがないでしょ? 墓参りから直行したんだから」
そういって彼の頭をこつんと叩くと、
「それで、そのライトラインって、どんな奴なんです?」
グライダがそう尋ねる。しかしナカゴは、
「それが、わからないんです。名前と能力ぐらいしか……。容姿も不明なんです。抹殺の許可も、一応おりてますけど……」
残念そうにそう告げた。
「本当に何もわからないの? 魔界の本部に問い合わせぐらいしてみなさいよ」
厳しい口調でコーランに叱られたナカゴは、ラップトップパソコンを取り出すと、ものすごいスピードでキーを叩き始めた。
「……えーと。本部にも情報は入っていませんね……。もし知っているとすれば、ライトラインの師匠と親交のあった、行方不明のホンラン老師くらいのものだそうです」
ディスプレイを見ながらそう答えた。
「ホンラン老師? 聞いた事ありますよ。魔界きっての智略家にして生き字引だそうで」
クーパーがナカゴに確認するような口調でそう言うと、コーランが自信ありげに口をはさんだ。
「……大丈夫よ。今聞いてみるから」
「サイカ先輩。それどういう……」
何か言いかけるナカゴを無視して、彼女はマントの止め金を外し、一気に脱ぎ捨てた。
「おおっ!」
バーナムが思わず感嘆の声を上げる。
コーランのマントの下には、当然彼女の身体があるわけだが、身体を覆うのは銀色のブレストプレートに同色のハイレグショーツ、ローヒールのサンダルのみ。そして、その場の誰もが、その人間離れしたグラマラスなプロポーションに目を奪われていた。
もっとも、プロポーションのみに目がいっていたのはバーナムだけで、驚くべき場所は他にあった。
右腕全体は暗闇の如き黒。
左腕の肘から先は雪化粧の様な純白。
右脚の膝から下は空の様な青。
左脚のももから下は眩しい黄色。
いずれもペイントではない。しなやかな肉体のラインは彼女自身のものだろうが、違うパーツを繋げた様な感じだ。
グライダとセリファですら、それには驚いていたくらいだ。
誰もが言葉を失っている中、コーランはサンダルを脱ぐと、右脚を振り上げながら叫んだ。
「いでよ、ホンラン!」
すると、膝から下の青い部分がスッと消え、コーランの頭上に座禅を組んだままの白髪の老人が姿を現わした。
「ふう。やれやれ。サイカお嬢ちゃんは乱暴でいかんなぁ」
老人にしてはキンキンと高い声で宙に浮いたまま不満を漏らす老人。彼こそが、行方不明の魔界の生き字引・ホンラン老師である。
「『お嬢ちゃん』はやめて下さい。それより、老師にお聞きしたい事が……」
コーランの言葉を最後まで聞くより早く、
「……なるほど。ライトラインの事を聞きたいわけか」
ナカゴのラップトップパソコンの画面を、ふわふわ浮いたまま覗き込む。
「……はっ、はい。お願い致します」
我に返ったナカゴも、丁寧に頭を下げる。だが……。
「おーおー。可愛いのぉ、お嬢ちゃん。サイカお嬢ちゃんの子供かい?」
いつの間にかセリファの真正面に浮かび、彼女の頭をポンポンと叩いていた。かわいいと言われ、セリファもニコニコと笑っている。
「老師!」
そんな事してる場合じゃない、と言わんばかりに睨みつけるコーランとナカゴ。
「わかっとるわい。今から話して聞かせてやるから……」
クルリと二人の方を向き、
「……茶でも煎れてくれんかのぉ」
………………………………………………。

<To Be Continued>


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