「Baskerville FAN-TAIL the 4th.」 VS. Anti Main-naal Corps
「あの〜。お休み中の所、誠に申し訳ございませんけれど……」
グライダ・バンビールは、自分の上に乗っかっている少女に、いきなりそう言われた。
少しクセはあるものの綺麗な赤い髪の毛。
足首を紐で縛ったゆったりとした赤いズボンの上は裸で、胸の所を厚手の赤い布で巻いただけ。
左手には指のない黒い手袋をはめている。
年は、グライダと同じか少し下だろうか。何の悪意もない笑顔を浮かべ、自分を見下ろしている。その笑顔を浮かべている顔だが、左目を黒い包帯を巻いて隠している所が、ちょっと奇妙であった。
グライダは、自分が今ベッドの上にいて、寝ている状態である事もすっかり忘れ、自分の上に乗っかっている少女を見つめていた。
「な、何でしょうか?」
状況を考えれば、これ以上マヌケな返事もないものだが、今の彼女に冷静な判断を求めるのはちょっと酷だろう。
「実は、わたくし、この方をお捜ししているのですが、ご存知ないでしょうか?」
そう言って、胸の谷間に挟んでいる紙切れを出し、グライダに見せる。
「……バーナムじゃない。あんた、バーナムを捜してんの?」
途端に少女の態度が豹変し、
「バーナム様をご存知なのですかっ!? そっ、それで、バーナム様は今どちらにっ!?」
グライダのパジャマの襟をつかみ、思いきり激しく彼女を揺さぶる。
「ちょ、ちょっと、まって……」
激しく揺さぶられ、まともに返事の出来ないグライダ。
唐突に少女の動きがピタリと止まる。数秒の空白がグライダの部屋を支配する。
「あ……あ……」
声にならない声が少女の口から漏れる。彼女は慌ててグライダから離れ、部屋の真ん中でペタッと土下座をし、頭を床に擦りつける。
「もっ、申し訳ございませんっ! バーナム様のご友人とは露知らず、ご無礼の数々。どうか、どうか平にご容赦の程……!!」
グライダは、突然謝りだした少女を、ポカンとした表情で見つめる。
「グライダ。朝から何騒いでんの?」
怪訝そうな顔で入ってきた同居人(と言うのは少し違うが)のコーランは、部屋の真ん中で土下座をしている少女を見て、
「……随分と、変わったお友達ね」
「お友達どころか、全然知らない人よ」
と、グライダが答えた途端、土下座している少女の表情が凍りついた。
「わかりました。貴女様へのご無礼。このわたくし、スーシャ・スーシャの命を以て……」
言いながら、腰のベルトに吊るした短刀をスッと抜き、両手で逆手に持ち、短刀の切っ先を自分の胸へ向ける。
「わーっ! ちょっと待ちなさい!」
グライダがベッドから飛び起き、少女の腕を掴んで動きを止める。コーランも、少女を羽交い締めにしている。
「お離し下さいっ! こうでもしなければ、貴女様へのご無礼が……」
少女は狂ったように声を荒げるが、
「何も死ぬ事ないでしょう。たかだか人の家に勝手に入ったぐらいで……」
「そうよ。あたしなら何も気にしてないから、こんな危ない物離しな、さいっ!」
グライダはすかさず手刀で少女の持つ短刀を叩き落とす。直後、ガクンと全身の力が抜け、少女はペタンと床に座り込んだ。
「どっ、どうしたのっ!」
グライダが慌てて抱き起こす。すると、彼女はか細い声で言った。
「申し訳ございません。ここ数日、何も食べていなかったものですから……」
グライダとコーランがポカンと顔を見合わせる。
「ねーねー。おねーサマ。コーラン。何してるの?」
不思議そうな顔で部屋に入ってきたグライダの妹・セリファが、そう声をかけた。


世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。
ここにも、朝はきちんとやってくる。
同時に、面倒な騒動までやってくる。
平穏な日は、一日としてなかった。
この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。
だからこそ、ここへ来れば——どんな職種であれ——仕事にあぶれる事はない、とまで云われている。


「……申し訳ございません。ご迷惑をかけてしまった上に、お食事までご馳走になって」
食事を残さずたいらげた赤髪の少女は、改めてスーシャ・スーシャと名乗った。
「で、スーシャさん。バーナムを捜してるって言ってたけど」
「はい。グライダ様」
彼女の言葉にグライダの表情が一瞬凍る。
「あの、グライダ『様』は勘弁してもらえない? 何だか、自分じゃない気がするわ」
その後、ピッと気を取り直し、
「それで、何であいつを捜してんの?」
そう尋ね、紅茶を一口すする。
するとスーシャは何処からかウォークマンを取り出し、ボリュームを最大にして再生ボタンを押す。
外したままのイヤホンからBGMが小さく流れ出し、そのまま話し始めた。
「……そう。わたくしが初めてバーナム様にお会いしたのは、わたくしが三つの時でした」
「あ、あの……。あたしが聞きたいのは……」
グライダが止めようと口を挟むが、
「その頃から、バーナム様の武闘家としての素質と実力は、それはそれは素晴らしいものがありました……」
「あの。だから、何もなれそめから話してくれなくてもいいから……」
彼女を実力で止めようと席を立とうとしたグライダを、コーランが止めた。
「このまま話をさせたら? 少なくとも、朝のワイドショーよりは面白そうよ」
「あのね、コーラン……」
グライダが呆れる中、スーシャの妙に芝居がかった話は延々と続いた。
が、すぐ後悔するハメになったのは、言うまでもないだろう。
その頃、そのバーナム・ガラモンドは、神父のオニックス・クーパーブラックと一緒に海辺の機械工場にいた。地下都市の廃虚から来た戦闘用特殊工作兵・シャドウの修理の為である。
「……どうですか、シャドウは」
機械のディスプレイとにらめっこしている工場長に声をかけた。
「ああ。全然違うパーツをかなり強引に繋ぎ合わせたようだな。よく動けたもんだ。こっが感心しちまう」
年配の工場長は、ディスプレイを睨んだまま、クーパーに返事をする。
「ま、特殊工作兵というのは伊達じゃないわな。現代の機械の仕組みなんぞを覚えさせたら、シャドウ自身が完璧な修理のプランをはじき出してくれて助かるよ」
ディスプレイには、必要な材料、パーツの形、組み立て方に至るまで、事細かなデータがズラーッと並んでいる。
「機械の事は機械が一番わかるってか?」
何もわからない機械オンチのバーナムがそう言った。
「これでも元は工作兵だ」
「わあっ! いきなりしゃべんなっ!」
バーナムが真剣に驚く。
「身体の調子は……と言うのも変な話ですが、調子はどうなんです?」
クーパーがいつもの調子で尋ねる。
「ああ。問題ない。今までは殆ど応急処置的な物だったからな。ここでしっかりと直しておけば大丈夫だろう」
落ち着きのある合成音で返事をよこす。
「本当は、アンブラも修理できれば良かったんだがな……」
そう言って、隣に寝ているボロボロのロボットの事を話すシャドウ。アンブラは、内部の機械はもちろん、データそのものも大部分が壊れていた為、修理ができなかったのである。
「結局、エレメントライフルが形見になったな」
バーナムがシャドウの側に置かれた、身の丈程もある巨大なライフルを持ち上げて構えようとするが、小柄な彼では自分の身長よりも大きく、無理の様である。
「周囲の精霊の力を取り込んで、破壊エネルギーにするタイプの銃……。精霊兵器は暴走率の高い、諸刃の剣も同然の兵器ですよ」
「心配するな。あの全長の大半は暴走を押さえる為の機械だ。その心配はない」
などと話しているうちにも、シャドウのボディは少しずつ組み上げられていく。
二日後。修理は完全に終わった。
「申し訳ありませんでした、工場長」
「な〜に。いいって事よ。この年でこんなすげぇメカいじれたんだ。職人冥利に尽きるってもんさ」
そう言い、クーパーの手をしっかりと握る。
完全に修理の終わったシャドウは、元の忍者の様なシルエットで、カラーリングはメタリックブラック(余談だが、これはクーパーの趣味)。手足のバランスもボディに合うものに変え、全体的にすっきりしたデザインになっていた。
それを見たバーナムが「ポリゴン忍者」とボソッと言い、皆の失笑を買ったが。
「この世界では、あらゆる銃火器は『正式な軍隊しか』持つ事を許されていないんです。ですから、それは『標準装備』から外させていただきました。でも、貴方の刀剣類所持の許可は、ボクが取っておきました。剣は今まで通り、右腕に収納されています」
そう言って、許可証をシャドウに手渡す。
「済まない。全て頼ってしまったな」
シャドウは許可証を受け取り、腰の収納ボックスにしまった。
「いえいえ。これも神父としての職務です。気にしないで下さい」
優しい笑顔を浮かべ、シャドウのボディを軽く叩く。
「……さてと。オレは帰るわ。ここんとこ徹夜で修理してたしな」
バーナムが大きく背伸びをして出口へ向かう。その背中に、
「材料運び、ご苦労様でした。ゆっくり休んで下さい、バーナム」
と、クーパーが声をかける。
彼は振り向かずに手だけ振ってそれに答えると、工場を出て行った。


「申し訳ない。道を聞きたいのだが」
道を行くバーナムは突然呼び止められた。かなり位の高い貴族とその娘らしく、着ている服はかなり立派な物だった。
「あ? ドコ行くんです?」
身分など全く気にしないタイプの彼は、いつもの調子で答える。だが、口の悪い彼にしてはかなり丁寧に言った方だ。
「この辺りにバンビールというお宅はないだろうか?」
「バンビール? ……ああ。もしかしてグライダの事か?」
「おお。そうそう。グライダ・バンビールだった。知っておるかね?」
バーナムは頭をボリボリかくと、
「だったら、方向が逆だぜ。ちょっとややっこしいから、案内してやるよ。ついて来な」
彼にしては珍しく、快く案内を引き受けた。この後の大騒ぎを予感する事なく。
かなり入り組んだ道を行き、グライダの家に着いた。ノックもしないでいきなりドアを開け、怒鳴り込んだ。
「おーい、グライダ! 客が来てるぞーっ!」
その声でやってきたのは二人。一人は当然グライダだが、もう一人は……。
「バーナム様!!」
赤髪の少女・スーシャである。
「うげえっ! ねーちゃん!」
バーナムがズザッと後ろに引く。
「お会いしとうございましたあぁっ!」
彼女はバーナムを突き飛ばさんばかりの勢いで彼に抱きついた。
「……ぐっ。ぐるじいがら、離せっての!」
バーナムはスーシャの身体を引き剥がし、肩で息をしながら睨みつけた。
「バーナム様……」
スーシャの方は目に涙をため、じっとバーナムを見つめている。
グライダはその二人を無視する事にし、やって来た客の顔を見た。
「へっ、ナール陛下!? カヤ姫!?」
客の顔を見て、その場に電柱の様に硬直するグライダ。後からやってきたコーランとセリファが、
「ご無沙汰しております、ナール陛下」
「あっ! カヤちゃんだぁ」
礼儀正しく頭を下げるコーランに対し、セリファは身分を全く気にしていない様子。カヤと呼ばれた女の子の方も、
「セリファちゃん、お久し振り!」
と言って、両手で握手をしている。
スーシャもさすがに驚いた様で、バーナムは案内してきたのがまさか一国の王と姫とは思っておらず、目を点にしていた。
とりあえず、グライダとセリファは、二人を中へ招き入れた。
残ったコーランがボーッとした顔でバーナムを見つめる。
「おー。来たか少年。待ってたぞ」
「? どした、その目の下の隈は」
「その子ののろけ話につきあってたら寝てるヒマがなくなってね」
と言いながら自分の頬をパシパシと叩く。
「その子が来て二日間。ずーっと喋りっぱなしよ。あんたとの出会いから今に至るまでの出来事全部」
バーナムは、抱きついたままのスーシャをチラ、と見ると彼女はバーナムに身体を預けていた。
「ま、相当捏造してるとは思うけど、その記憶力は賞賛に値するわね」
はあ、と溜め息を吐くコーラン。
「でも、こいつ……もう寝てるぜ」
バーナムは、ぐったりとしているスーシャを起こそうとしたが、
「止めておきなさい。またあの長話につきあうのはゴメンだわ」
言われて、バーナムも彼女をそっと抱きかかえ、中に入った。その時、彼女のズボンのポケットから何かが落ちた。
バーナムは気がつかなかった様だが、それは、左手用の黒の指なし手袋だった。
「彼女のと……同じ物、みたいね」
コーランがひょい、と拾い上げ、バーナムの後に続いた。


「それで、ナール陛下。今日はどういった理由でこの町へ?」
グライダがお茶を出した後、早速そう切り出した。
「いやなに。会談が終わって、その帰りに立ち寄っただけじゃ。もっとも、今頃警備の者は慌てている頃じゃな」
そう言うと豪快に笑うナール陛下。グライダも「はあ」としか言えず呆れ返っている。
「ねーねーおねーサマ。カヤちゃんといっしょに、クーパーのトコ行って来ていい?」
セリファとカヤが仲良く手をつないでグライダに話しかけた。
「お父様。いいでしょ?」
「……ああ、いいとも。気をつけてな。セリファちゃん、カヤの事を頼んだよ」
「はいっ!」
ピッと姿勢を正してそう返事をすると、ドタドタと部屋を出て行った。
そこへ、入れ違いにバーナムが入ってくる。
「あ。お前のベッドに、あいつ、寝かせたからな」
その声でバーナムの方に向き直り、
「そうだ。あんた、確かあのスーシャって子の事『ねーちゃん』って呼んでたけど……」
グライダが思い出した様にバーナムに問う。すると、彼はポリポリ頭をかきながら、
「ああ。オレが育ったトコは小さい村だからな。村全体が一つの家族みてーなモンなわけよ。別に実のねーちゃんってわけじゃねぇ」
「それじゃ、あんたの事『様』つけて呼んでるのは? あんた、もしかしてスッゴク偉い人なわけ?」
立て続けに来た問いに、バーナムはバツが悪そうな顔になり、
「むしろ逆だよ。ねーちゃんの爺さんと親父は、オレの武闘家としての師匠だからな。あいつが勝手に言ってるだけだよ」
グライダは呆気に取られたような顔になり、彼を見つめていた。


セリファとカヤ姫は、クーパーの住む教会へとやってきた。教会の裏手で、クーパーとシャドウが実戦さながらの稽古をしている。
「クーパー。あっそぼー」
二人はその声で、やってきた二人に気づき、稽古を中断した。
「やあ、セリファちゃん。いらっしゃい」
クーパーは、自分の愛刀・彌天(びてん)をゆっくり鞘に収め、挨拶した。
「おや? 今日はお友達も一緒ですか?」
クーパーの視線に気づいたカヤ姫は、彼の隣に立っているシャドウを見て、怯えた表情を見せていた。
「だいじょーぶだよ。シャドウはすっごくやさしいんだから」
セリファがカヤ姫にそう言った時、シャドウが急に彼女達の後ろに回り込んできた。
ガキィン!
途端に鋭い金属音が響く。シャドウは自分の左腕の盾で、銃弾を受け止めていたのだ。
「シャドウ!」
クーパーが声をかける。が、シャドウの方は落ち着いたもので、
「問題はない。撃った奴の顔は望遠レンズで見て覚えた。インターネットでも使って警察にでも届ければ済む」
あっさりと言い切ったシャドウは、カヤ姫を見下ろすと、
「どうやら、あいつが狙ったのは、こっちのお嬢ちゃんの様だな」
途端に、カヤ姫の顔が凍りつく。
「銃を撃った男は、隣国メインナール王国の王直属の警備員の格好をしていたからな」
「まさか反乱? それとも変装か何かでしょうか?」
クーパーも珍しく慌てた調子でシャドウに尋ねる。
「そこまではわからないが、お嬢ちゃんは帰すに帰せないな。王室付の警備員の格好では、帰した途端に殺される可能性がある」
とそこへ、一本の電話が入った。

<To Be Continued>


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