「Baskerville FAN-TAIL the 34th.」 VS. Hardships
「……やって来た様だな」
迷路の様な地下洞窟を延々と歩き続けていたシャドウが、唐突に口を開いた。
「やって来たって、何が?」
シャドウのすぐ後ろを歩いていた剣士グライダ・バンビールが間髪入れずにそう尋ねる。
さらにその後ろを歩いていた武闘家バーナム・ガラモンドが、
「決まってんだろ、羽の生えたあいつらだよ」
彼の脳裏にはさっき見かけた天使軍団が浮かんでいた。彼の実力なら下級の天使となら戦えるが、上級だったらさすがに手に負えないだろう。
しくじったなあの神父、と毒づくバーナムの頭を、さらにその後ろを歩いていたコーランがゴチンとこづいた。
「仕方ないわ。天使には『分霊』といって、自分そのものをいくつにも分ける能力があるからね」
「えっ、それじゃあ……」
「人間と天使では元々勝負にもならない上に、そんな能力まで使われたらさすがのオニックスでも……」
「御喋りは其処迄だ。此の先に居るぞ」
グライダとコーランの会話に、シャドウの緊迫した声が割って入って止める。
シャドウの視線の遥か先には無表情のままの天使が堂々と立ち剣を構えていた。
もちろん通路は一直線なので、避けて通る事はできそうにない。
「よし。そろそろひと暴れしてやるか」
「止めろ、バーナム」
前に出て戦おうとしたバーナムをシャドウが押し留める。
「御前の力は最後に必要に為る。無駄な力は使うな」
そう。この洞窟はまだまだ前哨戦。本当の戦いはこの洞窟を抜けた先にある。
しかもその相手は正真正銘の神なのである。
この世界で神に対抗できるのは魔法の力。もう一つは神に匹敵する力を持つ人界の生物。
その生物の一つが龍であり、バーナムにはその龍の力が宿っている。
だから、本音を言うならギリギリまで温存しておきたいのだ。彼の性格的には無理そうだが、抑えてもらわねば困るのだ。
「此処に穴を開ける」
シャドウは腿の中にしまってあるハンドビームガンを取り出すと、その出力を調整してから右の壁に向かって何度も発砲した。
通常より威力が若干大きいらしく、撃つ度にシャドウの腕すらがくんがくんと跳ね上がる。
だがその甲斐あってか、壁に小さな穴が開いた。今度は拳と足を交互に叩きつけ、その穴を広げていく。
やがて、長身のシャドウでも屈めばどうにか通れる穴が開いた。その先には違う通路がある。
「行け」
シャドウが短くそう言うと、バーナム・グライダ・コーランが素早く穴をくぐる。シャドウはこの先にいるらしい天使の方を見た。
そして、こちらに来る様子がないのを確認してから、どうにか穴を潜り抜けた。


クーパー達の戦いはようやく終わった。あれだけ宙を舞い飛んでいた天使達は、今や一人たりとも残っていない。
だが彼らも無事には済まなかった。大きなケガこそないものの着ている服は傷だらけだし、小さな出血箇所なら全身にいくつもある。
しかし。勝利を喜び合う事はなかった。
天空から声が轟いたのである。
『無駄な努力、ご苦労様でしたね』
同時に上空に浮かぶ細身の人型の影が現れた。それも二つ。
二人とも腕だけが非常に長い。そんな特徴を持つ人物に、クーパーは心当たりがあった。
魔界の住人にして堕天使を祖先に持つ魔族。人界で詐欺師として生活していたが逮捕され、今は保釈されている。
「カナLとカナS、というお名前でしたね」
『ご名答。私がカナL。こちらがカナS』
と自己紹介をしてきたが、クーパー逹の目にはどちらがどちらかほとんど区別がつかない。
『その疲れに疲れた身体で、私達と一戦交える覚悟はおありかな』
右側に浮かぶ方がそう言うと、
『ここは逃げても恥ではない。古き天使の末裔が相手なのだから』
左側にいる方がそう続けた。
次の瞬間、クーパー逹が立つ地面が何の前触れもなく爆発したかのように弾け飛んだ。もちろん彼らを巻き込んで。
だが。いくら疲れ果てていようとも、その攻撃をまともに喰らうクーパー達ではない。
クーパーも宋朝もその攻撃を喰らわずに飛びのいていた。
鳥のスズエドだけが空中へ逃れ、ホバリングしながら二人を観察している。
「堕天使を祖に持つとはいえ、神を相手に随分と舐めてくれたものね」
宋朝が二人を睨みつけた。
カナLとカナSの祖先が堕天使である事はすでに承知の事である。
堕天使とは力を奪われ、貶められ魔界の住人となった元天使であるが、クーパー達は紛れもなく神そのものである。
ただ、神の世界ではなく人の世界にいるために、その力は大きく損なわれている。
その大きく損なわれた力でも天使軍団を相手に二人と一羽で戦い抜いたのだから、その本来の実力は推して知るべし。
普通に考えるならその戦力差は圧倒的。カナLとカナSに勝ち目は全くないと言っていい筈だ。
だがこの堂々とした態度に隠しているつもりで全く隠れていない自信。その表情にハッタリは一切ない。
先ほど地面を爆発させたのは、世代交代で力を喪った彼らにできる芸当ではない。
『やはり力を分けられたか?』
スズエドが何かを観察するような目を向けたままカナLとカナSを見ている。すると二人は得意げに胸を反らすと、
『これが古き創造神に仕えしオクヰ・イシ様のお力の一端です』
現在の神々のずっと前の世代にいたという神の名、そして今回の事件の首謀者ともいえる堕とされた神。
そんな神を「様」つきで呼ぶのだから決まりである。
「いえ。力を分け与えられた感じとは違いますね」
クーパーは二人を観察しながら、
「彼らの元々持つ力は相手に幻覚を見せる事の筈。この爆発の様に全く異なる系統の力を与えられても使いこなすのは困難の筈」
クーパーの言葉を遮る様に、もしくはゆっくり観察する時間を与えまいと、再び先ほどと同じ爆発が轟いた。
しかし今度はクーパーも宋朝も逃げなかった。
『大丈夫か!?』
ただ一羽上空にいたスズエドが悲痛な叫びを上げる。
爆煙が晴れると、そこにはクーパーと宋朝が立っていた。もちろん無事な姿で。
「……やはり幻覚か。分かってしまえばどうという事はない」
オクヰ・イシの力で幻覚の精度が限りなく本物に近づいただけ。キッパリとそう言い切る宋朝。
そうは言うものの。かなり強く幻覚と確信していないと無傷では済まなくなる。たとえ下級の幻覚でも本人が本物と信じてしまえば、どんな幻覚でも実際に心身に影響を与えるし、最悪死にもする。
宋朝は黙って予備の短剣を引き抜いた。鞘から引き抜いた短剣を手の中で弄ぶ様に回転させていたかと思うと、一瞬後にはカナL(カナSかもしれない)めがけて投げつけていた。
短剣の刃は寸分たがわずカナL(カナSかもしれない)の顔面に深々と突き立った。
ところが。
『何か、したのかね』
自信に満ちたいやらしい笑みを浮かべニヤつくカナL(カナSかもしれない)。
痛みなど全く感じていないその様子に、さすがの宋朝も驚きを隠せなかった。
「これも幻覚か?」
『幻覚ではないな。本当に効いていない様だ』
宋朝もスズエドも目の前の光景が信じられない様子だ。クーパーももちろんそうである。顔面はおろか頭部を貫通しているのに平気な顔をしているのだから。
だが、こんな彼らを打ち倒さねば自分達の守りたい物は守れない。来てほしい未来は決して来ない。
クーパーは未だ腰に下げたままの小太刀・梵天丸(ぼんてんまる)に軽く触れた。この刀には持ち主の力を倍増させる効果があるのだ。
(力を貸して下さい)
願うように呟いた時、再び地面が爆ぜ飛んだ。


「どうやら追いつかれたみたいね」
コーランは足止め代わりに大きめの火球を地面に叩きつけてやった。
前からも後ろからも剣を持った天使達が向かってくる。
しかし土の通路に対して彼等の体がいささか大きいので屈むしかなく、歩くような速度でしか追ってこれないのが幸いしている。
最後尾にいたコーランだが、前を行くグライダの声が聞こえてきた。
「ちょ、ちょっとここ行き止まりじゃない!?」
数秒後自分も脇道に入った時、彼女の言葉が理解できた。
そこはちょっとした教室くらいの大きさの小部屋のような空間である。
彼女の魔法では、ここに隠し扉や魔法の仕掛けなどは発見できなかった。本当にただの行き止まりである。
「どういう事だよ!」
当然バーナムも怒り心頭の表情で、ここまで案内してきたシャドウを見上げている。
だがシャドウはいつも通りの調子で、
「此れから此処に穴を開けて通路を作る」
背中のバックパックから取り出したライフルを組み立て出した。
これはエレメントライフルと言って、大自然の精霊のエネルギーを取り込み、それを破壊力のあるエネルギー弾に変えて発射する武器だ。
組み立てを終え各部をザッと点検すると、今度はライフルとは別に取り出していた、チューブがついた長い杭のような物を地面深く突き刺し、チューブとライフルを接続した。
これは地面から大地の精霊エネルギーを効率良く吸収する為の機構である。
それが済んだシャドウは壁に向かってライフルを構えた。
すると空気の流れが明らかに変わった。周囲にある精霊——今は大地の精霊の力が彼のライフルに吸収されているのだ。
「此の迷宮はオクヰ・イシとやらの手で道が変わり続けて居る。気取られぬ中で一番近い場所から穴を開けて通路を作るより他無かった」
自身の回路をも制御装置にしてエネルギーを集め続けるシャドウが、そう説明した。
「穴が空いたら脇目も振らず駆け抜けろ。然も無くば壁が再生して土の中に生き埋めになる」
「分かったわ。二人は何としてでも連れて行くから」
コーランがシャドウの「覚悟」を理解してそう答えた。
やがてライフルはおろかシャドウの全身から白い煙が上がりだした。集めたエネルギーの制御のため、回路が悲鳴を上げているのだ。
「ちょ、ちょっとシャドウ、大丈夫なの!?」
やっている事はどうにか理解できたグライダだが、その尋常ではないシャドウの様子に慌てて駆け寄ろうとする。
自分が行っても何の手助けにもならないのは分かっているが、それでも手を差し伸べようとしてしまうのは彼女自身の優しさか。
「グライダ。御前の腰に在る短剣と水晶玉が何か知って居るか?」
もちろんグライダは知らない。それを察したシャドウは、
「短剣は『纏気(てんき)の剣』と言って、気や魔法を注ぎ込んで魔法の力を付与し魔法剣に出来る。本来は相手に合わせその弱点の魔法を注ぎ込んで使う剣だ」
シャドウは少しだけグライダの方を見て、さらに続けた。
「水晶玉の方は『盤古(ばんこ)』と云う、魔力を封じた宝玉だ。剣士の御前では上手く扱えまい。コーランに持たせたら如何だ」
「う、うん。けど、どっちも両親の形見だから。何となく、持ってたくて持って来ちゃった」
これから待つのは神との戦い。これまでの戦いとは全く違うのだ。会った事がないとはいえ両親の形見を拠り所にしてすがりたかったのだろう。
ただでさえ唯一の肉親が囚われの身という状況。不安になるなと言う方が無茶である。
ロボットのシャドウでも、その程度の事は知識で理解できた。
「……そうか」
そう一言漏らすと、再びエネルギーの吸収と制御に意識を向けた。
だがシャドウの身体が危ない事は誰もが分かっていた。白い煙どころか関節部から火花まで散り、装甲もひび割れ出したのだから。
それでもシャドウは止めないし、もうコーラン達も止めない。これが彼の役目だと理解したからだ。
やがて発砲。ビームとなった大地のエネルギーは轟音と共に目の前の土壁を掘り進むように一直線に突き進んで行く。
ビームの本流が止むと、そこには先の見えない通路が開いていた。
早ク行ケ
シャドウから漏れたのはかなりぎこちない合成音声だ。
魔術を施した特殊装甲の大半はひび割れてボロボロに剥がれ落ち、内部の機械が露出している。
ひび割れた装甲の隙間から、内部の機械から、白煙と火花と高熱が激しく吹き出している。
その一言を出すだけでも相当の負担がかかっているのは明白だ。
コーランはバーナムとシャドウの二人を脇に抱えると、
「行って来るわ!」コーランが叫ぶ。
「死なないでよ!」グライダが叫ぶ。
「後は任せとけ!」バーナムが叫んだ。
そして、一気にその穴に飛び込み駆け抜けて行く。
そんな彼らを見守るように崩折れながらシャドウから言葉が漏れた。
オジョウチャンハマ、カ、セ……タ

<FIN>


あとがき

雰囲気からもいよいよクライマックス、というのが分かる感じになってきました。
とはいえパーティー分裂行動を起こしているため、3箇所同時進行。
しかもこれまで味方だったキャラクターがちょこちょこと登場。よくあるパターンですがクライマックスはそういうものです。
それだけに場面転換が多くなるのでちょっと読みづらかったり時間軸の把握が難しいかもしれませんが、ご容赦下さいませ。
そしてストーリー最大の謎(?)だったバスカーヴィル・ファンテイルの黒幕……というかこれまで指令を出していた謎の人物の正体をあっさり紹介しました。まぁ、そんな感じだったのです。はい。

これまでほとんど出番がなかったバーナム・グライダコンビの活躍は次回からです。多分。

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