「Baskerville FAN-TAIL the 33rd.」 VS. The Angels
トラックはクーパーの指示通り隣の山の山道に入った。始めのうちは良かったがだんだんと舗装路から岩や木の根がむき出しの荒地へと変化し、地面から伝わる衝撃の量と回数が増えだす。
ガタガタと小刻みに揺れ続ける状態に、荷台にいた面々は車酔いにも似た不快感を覚えていた。
「クーパー。どうしたのよ、一体」
後ろを見ていたので道を変えた事に気づくのが遅れたグライダが彼に尋ねる。
しかし彼はそれには答えず、周辺を注意深く見回していた。やがて、
「ここで一旦停まって下さい」
ガナテンセンはいきなりの発言に驚いていたが、彼の発する有無を言わせぬ威圧感に圧され、すぐブレーキを踏んだ。
クーパーは完全に停止するのを待たずにドアを開けて車を降りると、一見何もない山道の脇の木々や隙間を注意深く観察し始めた。
もちろんこの急いでいる時に、と文句をつけそうになった一同だが、彼のあまりの真剣な様子に口を開く事ができなかった。
やがてクーパーは木で作られた古ぼけた標識を見つけ、それをぐいと傾けた。
すると周囲の木々はもちろん山道すら消え失せ、山の中腹にある大きな棚田のような空間に姿を変えた。
その中央にはかろうじて何かの石像だろうと判る石の柱が二本立ち、その間の地面にぽっかりと洞窟を思わせる穴が空いていた。
「この洞窟を抜けていくと、カツ山の真下に出られます。このまま地上を行くよりは安全だと思います」
クーパーはそう説明した。相変わらずどこからこんな知識を仕入れてきたのか全く判らないが、そうならそうと最初に言って欲しかった。皆の視線がそう物語っていたが、
「済みません。確証がなかったもので。一か八かでした」
素直に謝罪するクーパーを見て、バーナムは険しい表情になると、
「謝るのはその辺にしとけ。さっきの天使がこっちに気づいたみてぇだぞ」
かろうじて肉眼で見える距離にまで近づいていてきた何割かの天使達の矛先が、さっきまでの鳥ではなくまたこちらに向いているのだ。
「では皆さん、行って下さい。ここはボクが足止めをします」
クーパーの口から出たとんでもない提案にもちろんシャドウが文句を挟む。
「其れは無謀だ。多対一の戦いで在れば、自分の方が優れて居る」
しかしクーパーはそれを首を振って否定し、
「バーナムの龍の力とグライダさんの聖剣・魔剣の力は神が相手でも確実に通用します。お二人を主戦力にして下さい」
彼は二人を見つめてそう説明する。
「それからコーランさんは魔法で皆のバックアップを。そしてシャドウは……」
クーパーはシャドウの胸の辺りをコツンと叩き、
「貴方の探査能力を駆使して、この洞窟の最短距離を探し出して下さい」
クーパーが言うにはこの洞窟はかなり入り組んでいる上に数々の罠が仕掛けられており、地図もなく入るのは無謀極まりないそうだ。
「それ故にボクがこの場に残ります。ガナテンセンさんは町へ戻って下さい。お願いします」
そう言うが早いか、彼は持っていた日本刀を鞘に収めたまま頭上に掲げた。
どごっごがががががんんっっっ!!
頭上の透明な板——魔力によるシールドが、天使達の魔力弾の直撃を防いだのである。
しかしクーパーは片膝をつき、その足元には首から下げていたお守りの成れの果てであろう金属片がいくつも転がっていた。
「次が来たら防ぎ切れません。全員殺されます。早く!」
彼のその切羽詰まった、そして真剣な声に、皆は言われた通りの行動に移った。
ガナテンセンは急いでトラックに乗って来た道を全速力で引き返し、バーナム達は一目散に洞窟に飛び込んだ。
誰もクーパーを連れて行こうとは言い出さなかった。時間もなかったし、何より彼の「足止めをする」という言葉を信じたのだ。
何の根拠もないがこれまでの長い付き合いで、不思議と「彼なら何とかしてしまう」と感じていたからだ。


クーパーはかろうじて残っていたお守りを右手で握りしめ、左手で納刀したままの日本刀を地面に突き立てた。
洞窟の入口に稲妻が走り、首から下がったお守り全てが砕け散った。
そして突き立てたままの日本刀をスラリと引き抜いた。その状態でついに真上にまで迫ってきた天使達を鋭い目で見上げている。
「結界を張りました。いかに天使といえど、やすやすとは突破できませんよ」
天使の一人がふわりと地面に降り立ち、
『人間にしては立派な結界術ですが、仮にも神の眷属に向かって言う言葉ではありませんね』
顔同様無表情な声でそう言った天使は、クーパーに構う事なく地面に開いた洞窟の入口に向かって歩き、そのまま入ろうと足を踏み出した。
じゅううっ。
耳障りなノイズのような音がした。見ると洞窟に入ろうとしていた天使の右足が「無くなって」いた。
「無闇に結界に触れればそうなります」
クーパーはそう言うと右手の刀を一振り。ほとんど不意打ちのような斬りつけではあったが、天使の片羽が根元から斬られ、地面に落ちる。と同時にぱあっと霧のように消え失せた。
その光景には流石の天使達にも動揺が走った。まさか人間の振るった一太刀で自分達が傷つくなど考えもしていなかったのだ。
自身の翼を斬られ、表面上はともかく内心怒り心頭となった天使は持っていた剣を振りかざした。
しかしそれより速くクーパーは斬りつけた。それも二度。
逞ましくはないががっしりとした胸板に二筋の切れ目が深々と刻まれた。人間であれば鮮血吹き出して倒れるところであるが、天使は違うのだろう。
仮面のような無表情が崩れ、苦悶を浮かべてうつぶせに倒れ、やがて全身がすうっとかき消えていく。消滅したのだ。
これは死んだのではなく、人間の世界に実体化・そして影響を及ぼす事が二度とできなくなった事を意味する。だから神の世界では普通に生きている。
だが人間の手によってそうなったという事実が天使達にはとても信じられなかった。
その時吹いた風がクーパーの厚手のマントをなびかせると、その腰に一振りの刀が下がっているのが見えた。それを見た天使の一人が、
『確か、それは梵天丸(ぼんてんまる)だな』
クーパーの腰に下がっている刀は小太刀・梵天丸。刀ではあるが本来の使い方は武器ではなく、持ち主の力を倍増させるお守りのような物だ。
かつて古い神が持っていた物だけあってその威力は未だ衰えを知らず。さっきの天使の攻撃や天使の侵入を防ぐ結界を張れたのは砕けたお守りとこの刀の力のおかげでもある。
『しかし悲しいかな。人の身ではそれが限界だろう』
天使達は自分の武器を構えクーパーを攻撃する体制に入る。クーパーはその天使の言う通り強力な魔法を立て続けに使いすぎて疲労が大きく、この人数で一気に攻め込まれたらまず保たない。
それでもクーパーは刀を正眼に構えた。切っ先が微妙に震える。
その時だ。天から矢のように降ってきた物があったのは。
『また貴様か!』
天使の誰かが叫ぶ。降りてきたのは先ほど見かけた二対の翼を持つ白い鳥だった。
その大きさは人間の倍ほど。遠くにいる時はそうでもないが間近で見るとそれ以上に大きく感じる。
その鳥は口ばしに大きな剣をくわえていた。いや、これは刀——それも太刀と呼ばれる大型の刀。しかも抜き身である。
鳥は軽く首を振って太刀を放ると、それはクーパーの方へ飛び、彼はそれを受け取る。
愛刀の彌天太刀(びてんのたち)の倍の長さと重さの太刀である。扱えない事はないのだが……。
『お久しぶりです。貴方の武器を持ってきました』
白い鳥はクーパーに向かってそう言った。同時に彼らを取り囲む天使達の雰囲気が騒然としたものに変わる。
その感情は明らかに恐れだ。その太刀が何なのかを知っているように。
『今度は大蛇丸(おろちまる)だと?』
大蛇丸。古代にいた武神・岩蔭(いわかげ)の愛刀と伝わっている太刀である。
そしてクーパーにとっては自身の剣の流派・石井岩蔭流(いしいいわかげりゅう)の開祖である石井茂吉(いしいもきち)に剣を伝えた神である。
その大蛇丸を「貴方の武器」とクーパーに言ったその巨鳥は、ざわつく天使達に向かって、
『左様。この方こそ誰あろう、天下に轟く武神・岩蔭様に在らせられる』
何となく偉そうに胸を張って(いるように見える)白い鳥が声高らかに宣言した。
「……スズエド」
クーパーは得意げになっている鳥にそう呼びかけると、
「今のボクは神父オニックス・クーパーブラックです。もう岩蔭ではありません」
クーパーもスズエドの言葉自体を否定はしていない。その事が無表情を貫いていた天使達にどれほどの衝撃を与えたのだろうか。皆愕然としたように動けなくなっている。
だが全員ではなかった。文字通り「それがどうした」と言いたげに剣を振るった天使が一人いた。
その速度まさしく稲妻の如し。目にも留まらぬ速さである。
しかしその剣がクーパーを傷つける事はなかった。彼の体に当たる直前刃が真っ二つにへし折れ、あらぬ方向へと飛んで行ったから。
折れた剣の断面は何かで磨いたかのような平面で、明らかに自然に折れた物ではない。
この中で判ったのは鳥のスズエドだけだったが、その剣はクーパーが太刀・大蛇丸を振るって斬ったのである。
太刀というのはだいたい全長二メートルほどであり、重量もそれにつれて重くなる。そんな武器を稲妻の如き剣よりもさらに早く振るえるクーパーの実力。
それが見抜けない者もいたが、理解できた者の胸中を満たしていたのは間違いなく「恐怖」だった。
「貴方方天使がどんな命令を受けてきたのかは知りません。しかしボク達も引く訳にはいかない理由があります」
大蛇丸をゆっくりと肩に担ぎ、天使達を見回すクーパー。たったそれだけにもかかわらず、いつ自分達にあの刃が振るわれるのか。そんな威圧感に震える天使達。
天使がいかに神の側に属する存在で、人間とは比較にならぬ程の力を持った存在であっても、神ではない。衰えたとはいえ正真正銘の神が相手では分が悪いというレベルではない。
しかも相手は未だに武神と名高い岩蔭なのである。それは先程の一太刀を見ても一目瞭然である。
だが天使が神の命令で動く以上、それに背く事は許されない。
『こちらも神の命を受けてこの世界にやって来た。引く事はできん』
天使達の中でもおそらく位が高かろう一人がクーパーの前に立ってそう告げた。
ジリジリとした緊張感が高まり、それこそ一触即発。ふとしたきっかけて戦いが始まろうとした矢先、
「多対一ね。天使とは随分と無粋なのね」
低い女性の声が真上から聞こえてきた。同時に何かがクーパーの傍らに静かに着地する。
身長二メートルを超える鍛え上げられたガッシリとした体型。そんな人物が軽々と背負っているのはコントラバスという大型の弦楽器のケースである。
「宋朝(そうちょう)。あなたまで」
クーパーが少し呆れた調子で声をかける。
彼女は人間の住む世界とは違う魔界の警察機構——治安維持隊の一員で、ほとんどの権限を持って単独行動する特殊部隊のエリート隊員である。
『宋朝。よく来てくれた。岩蔭様に助力を……』
「助力に来た訳じゃない。人界で起きているこの騒ぎの調査よ」
宋朝がスズエドのセリフを遮る。
彼女の調査によればスマートフォンを使って人々を「堕落」させ、それを大義名分に人間達を滅ぼす。オクヰ・イシの目的はそれだ。
自分を崇めれば助けるというのは、自分にすがるべく人間達が慌てふためくのを見たいだけ。助ける意志はもちろんない。
人間達を滅ぼすためにカツォオス・ウサ山にある大砲を使うため、その「エネルギー」としてほぼ無尽蔵の魔力を持つセリファを誘拐した。
そのエネルギーが溜まるまでの時間稼ぎとして、天使達をこの世界に呼んで守らせる事にした。
そんな事を天使達の前で朗々と語る宋朝。
神の命令で動くとはいえ、人を助け導くのが天使本来の役目。それが人を滅ぼす片棒を担がされる。それがどれほどの皮肉か。宋朝が言いたいのはそういう事だった。
いかに命令に背けないとはいえ、そうと判って戦おうとする天使はいないだろう。無駄な戦いは避けられる。
宋朝がそう思った時だった。
いきなり天使達が雷に打たれたかのように棒立ちとなり、全身を小刻みに震わせだしたのだ。
だがそれも数秒のみ。それが終わると天使達はさっき以上に無表情のまま一斉に武器を構え出したのだ。
構えだけで判る。その行動に天使達の意志は全くない。何者か——十中八九オクヰ・イシが強制しているのだ。
彼らと戦う事を。彼らを排除する事を。
こうなるともう言葉では止まらない。死なない限り決して止まらない。
オクヰ・イシのやり方にはもう怒りしか感じられない。クーパーは両手の刀をチラリと見ると二刀流の構えをとり、大きく息を吐く。
「……行きます」

<FIN>


あとがき

最終決戦の定番は「敵の本拠地に乗り込んでの大立ち回り」。これ古来からの常識です(笑)。
敵が(堕ちた)神というのもこれまた定番。定番続きではありますが、こういうのは逆に定番のまま行くほうがいいです。変にひねると逆に面白くないし。
そしてクーパーの正体。実はこれは「the 1st.」の頃から珍しくブレてない設定で、予想されていた方もいらっしゃるかもしれません。
むしろ今回の展開も「the 1st.」の頃からずっと考えていたもので、こうしようと決めていたものです。まぁ宋朝とスズエドは考えてませんでしたが。
でももうちょっと話は続きます。

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