「Baskerville FAN-TAIL the 32nd.」 VS. The Reprobate
『わたくしは何もしていません。ただ「こんなものはどうか」と、社員に無茶振りをしているだけです』
テレビに映っているのは、今話題のスマートフォン「サプルス」を作っている会社・レグナの女社長である。
ちなみに名前はシイ=ホソミイという。もう七十才に手が届きそうな、老人と言っても良い年齢の女性だ。
彼女がテレビ番組のインタビューで、成功者としての意見を求められ、そう返してから、こう続けた。
『偉いのはそんな無茶振りに答えてくれる社員達ですよ』
困った様な、しかしどこか嬉しそうな笑顔をテレビカメラに向かったカメラ目線で向けている。
インタビュアーはその謙虚さを誉め称えてそのコーナーが終わる。
そのインタビューを何となく見ていた魔族の女性コーランは成功者への嫉妬ややっかみよりもどことなく感じるうさん臭さに閉口し、テレビを止めた。
今の彼女にはそれ以上にやらねばならない事があるのだ。


世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。
ここにも、朝はきちんとやってくる。
同時に、面倒な騒動までやってくる。
平穏な日は、一日としてなかった。
この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。
だからこそ、ここへ来れば——どんな職種であれ——仕事にあぶれることはない、とまで云われている。


この町には傭兵ギルドと呼ばれる組織がある。
傭兵と言っても戦争に参加する訳ではない。
それよりも「荒事」が必要な事態に人材を派遣する事がほとんどである。
そんな傭兵ギルドで一部のギルドメンバーが不満を爆発させたのである。
「お前達の言う事も分かるけどなぁ」
不満を露わにしているメンバー達に、ギルドの責任者は苦笑いを浮かべていた。
理由はギルドが支給している携帯電話の件だ。
これまでの携帯電話からスマートフォンに変えようと「思っている」と宣言した途端に不満爆発なのである。
だがこれは仕方ないかもしれない。
科学的な解明はされていないが、スマートフォン独特の「画面に触って操作する」という作業が、この世界に溢れる「魔法」という力と相性がとても悪いのである。
傭兵ギルドと言ってもメンバーは剣を使う戦士であったり魔法を使う魔術師であったりとその能力は様々だ。
「魔法ヲ使ウ者ニ損ヲシロトデモ言ウツモリナノカ?」
真っ先にギルドの責任者に喰ってかかったのは全身真っ赤な肌の、針金の様な身体をした細い人型の魔族・ガナテンセンだった。
特に指名があった訳ではないが、活動歴が長いので傭兵ギルドの魔術師達の相談役として扱われている人物である。
「そういうヤツ用に、専用のペンもつける。そのペンで画面を触れば扱えるそうだ」
決してそんな事はないと責任者も必死である。それで渋々引き下がる魔族も何人かいたが、
「あたしはどうなるのよ」
そう不満の声を上げたのはグライダ・バンビールである。
右手から炎の魔剣・レーヴァテインを。左手から光の聖剣・エクスカリバーを、それぞれ出現させる事ができる「魔剣使い」の二つ名で知られた少女である。
彼女は特別な力を持っているが純粋な人間である。魔族のように魔法と相反するとは異なる理由でスマートフォンとの相性がとても悪い。もちろん原因は不明だ。
そして責任者が言った「専用のペン」をもってしてもスマートフォンの操作がおぼつかないという、非常に厄介な人間なのだ。
だがグライダはこの傭兵ギルドの稼ぎ頭の一人である。
二十才という若さに似合わぬ剣の腕。加えて平均以上の美少女。加えて所持している二振りの魔剣。名指しで依頼が来る事もたびたびある人気振りなのだ。手放したくないのが本音である。
「まぁ落ち着け。キチンと今までの携帯電話でも一応使える『ビーバ』で基本的なやりとりをするつもりだから」
ビーバ。正しくは『ビブルバブル』というのは不特定多数のユーザーに向けて短い文章を発信・やりとりする事ができる今人気のアプリケーションである。
特に利用者同士が互いに「同盟」を結ぶと、スマートフォン同士なら電話番号を知らなくても音声通話が可能になるのが特に受けている。
ギルドのメンバーが互いに「同盟」を結べば確かに連絡は便利になる。
責任者のその提案に、スマートフォンへの変更に反対の者達も「文章での連絡をメインにしてくれるなら」「スマートフォンに変更するのを任意にしてくれるなら」という条件をつけて一応承諾してくれた。
だがスマートフォンは扱えず、携帯電話も最低限しか使えていないグライダにとっては、あまり有益と言えない提案ではあった。
そして。グライダの双子の妹・セリファは、わざわざ姉と同じ携帯電話を買ったばかりなのに「お揃い」でなくなりそうな事にかなりガッカリしていた。


シャーケンの町にいくつかあるボロボロの安アパート。そこに住む武闘家のバーナム・ガラモンドは、遠い故郷からやって来た人物の相手をしている所だった。
少しクセのある綺麗な赤髪。足首を紐で縛ったゆったりとした赤いズボン。上半身は裸に胸の所を厚手の赤い布で巻いただけ。
指のない黒い手袋をはめた左手に握られているのは、今話題のスマートフォン「サプルス」である。
「バーナム様。こちらが今話題のスマートフォンですよ」
元気だが丁寧な言葉遣いでバーナムに向かってスマートフォンを突き出してみせた。
一方のバーナムは露骨に面倒くさそうに呆れ顔を見せると、
「ねーちゃん。オレ金ねぇって。そもそも機械苦手だし」
バーナムの機械オンチは彼を知る者にとっては有名である。銀行のATMすら使えないので全財産を部屋ではない地下に隠しているほどだ。
「それならばわたくしが費用を負担致します。それは我が守護神鳳王とスーシャ・スーシャの名において……」
仰々しい言い回しをし出したねーちゃん——スーシャ・スーシャに本心から関わりたくないオーラを噴出させつつ、バーナムは彼女に訊ねる。
「そんなモン必要ねぇよ。色々金かかるし面倒くせぇし」
実際スマートフォン本体や通信費、様々なゲーム・アプリケーションに金を注ぎ込んでいる周囲の人間の「金がない」発言を嫌というほど聞いているバーナム。
機械オンチである事も加わって、自分から積極的に持とうという気は全くなかった。
「大丈夫です、バーナム様。このスマートフォンは機械が苦手な人にも扱いやすいのですよ」
最近よく聞くようになった宣伝文句を言って、さらにスマートフォンをずいと突き出してくる。
苦手な人にも扱いやすい。苦手な人にとってはその言葉ほどうさん臭く信じられないものはないのに。その言葉が真実だった試しがないのに。
彼女はバーナムを「様」つきで呼んでくるが、実際は彼の師匠の娘なので、相手の方が立場は上。あまり強くも出られない。
それを知ってか知らずか無視をしてか、スーシャはスマートフォンを操作し、一つのアプリケーションを起動させた。
「それにこの『ビブルバブル』というアプリケーションを使えば、これまでの電話やメールと同様の事がこれ一つでできるようになるのです。とても合理的だと思いませんか?」
確かにビブルバブルに人気が集まっている理由の一つがそれである。メールのアドレスや電話番号を相手に知られる事がないので個人情報の漏洩防止にも一役買っている部分もある。
正直に言って、押しの強い携帯電話ショップの店員よりもうっとうしく面倒くさい。立場が上でかつ顔見知りというのがこれほど鬱陶しいと思った事はない。
「いや、ホントに勘弁してくれよ」
嘘偽る事のない、バーナムの本音が漏れた。


繁華街の小さな商店まで買い物にやって来たオニックス・クーパーブラック神父は、とても困った事態になってしまっていた。
手持ちの硬貨が乏しく、高額紙幣しか持っていなかったのである。おまけに少量の買い物である。こういう状況は店側としてもあまり喜ばれる事ではない。
だが困っている本当の理由は別にあった。
「神父様。当店はスマートフォンを使用した決済が主になっていまして、現金は店内にあまり置いていないのです。現金でそんな高額のお釣りが出せないのです」
店員が申し訳なさそうにしているのは相手が若いとはいえ聖職者だからだろう。一般客ならもっと横柄な対応になっている。
「そうでしたか。両替をできる場所はありませんか?」
「さぁ? ではスマートフォンで決済されませんか? 若干の値引きもありますよ?」
「持っていないのです。申し訳ありません」
彼は一礼して買わずに店を去って行った。
その帰り道で出会ったのは、全身黒い金属で覆われた大男である。明らかに鎧とは違うその姿はかなり人目を引くが、大男——いや、ロボットのシャドウはこの町では知られた存在なのである。
「買い物の帰りか」
平坦で感情がない筈の合成音声なのに、不思議と自分を労るようにも聞こえるのは慣れだろうか。
彼は先程の店であった事を、歩きながら話して聞かせた。シャドウは黙って聞いている。
「異常とは思わぬか」
話を聞いたシャドウは、開口一番そう漏らした。
「電子機器自体の進歩は理解出来る。しかし其の機器を利用した各種サービスの普及速度までもが余りに早過ぎると思わぬか」
そう言われた彼は少し考え込む様な仕草をする。
確かにスマートフォンを始めとした機械の進歩は目ざましい物がある。
しかしスマートフォンという全く新しい機械を使ってできる様々なサービス・アプリケーションまで雨後の筍と形容するのも遅いくらいの急速度で増え、広まっている。
新しい機械ができる。その新しい機械をこういう風に使えないかというアイデアや要望が出る。メーカーがそれを叶えようと開発をする。
そんな流れがあまりに早過ぎる。本当ならもっと時間がかかる筈だ。
「変化の速度が速い事は感じていましたが」
彼も神父という立場上、不特定多数の人と接する機会が多い。
自身のいる教会の前にはスマートフォンで快適なインターネットをしようと電波を求めて人が群がるようになり。
そんな人々から使っているサービスやアプリケーションを強く勧められたり。
これが「年」という単位でここまで進んだのならともかく。そうではないのだ。
スマートフォンという機械が出たのは二年ほど前になるが、今爆発的に流行している「サプルス」が世に出てまだ半年も経っていない。
にも関わらず、次から次へと全く新しいサービスやアプリケーションが広まり、そのどれもが大当たりしている。
機械的なトラブルも使用者からの文句もほとんどない。まさに完璧なサービス。
ふとしたきっかけで何かの進化速度が一気に加速する事は少しもおかしい事ではない。
だが、加速する事は正常かもしれないがその速度が「異常」である事に言われるまで気づけなかった事に、自らの修行不足を痛感する。
ふと前を見ると話題の会社「レグナ」のロゴマークが入った作業着姿の男達が酒場の入口で何やら工事をしている様子が飛び込んで来た。そばの立て看板には、
『これまで以上に早く、安定した無線回線を提供するための工事をしております』
と書かれている。
とはいえ工事の方はほとんど終わっており、男達は何かの機械を使って最後のチェックをしている様な感じであった。
「……確かに回線速度は早そうだな」
酒場の入口にある真新しい回転灯らしき機械を見たシャドウがそう言った。彼は自身に内蔵されている通信機器を使って確認をした。
「だが秒間384kbpsだった物をいきなり3Gbpsにする必要は無いと思うがな」
インターネットに関する知識に乏しいためシャドウの言っている事がほとんど分かってはいないが、今話していた「進化速度の極端な加速」を目の当たりにした気がして、目眩すら感じたのである。


コーランがやって来たのは、治安維持隊と呼ばれる組織の分所である。
ここは魔界における警察機構の様な物。人間の世界にいる魔界の住人にとっては大使館も兼ねた場所とも言える。
彼女が元ここの職員だった事。後輩がこの分所の所長職を務めている事。そして先日魔界の住人の詐欺師に引っかかる所だった事もあり、コネを使ってその後の話を聞きに来たのである。
無論コーランは「元」だから話せる内容には制限がある。けれど先輩後輩の関係から時々仕事を手伝っているので、他の職員もあまり守秘義務の事はうるさく言って来ない。
「釈放です」
後輩でありこの分所の所長であるナカゴ・シャーレンは憮然とした表情でそう告げた。
「釈放ねぇ」
憮然とした表情のナカゴ以上に憮然とした表情のコーラン。
当たり前である。詐欺の常習犯として知られている上に刑務所を脱走した者が、こんな数日で釈放されるなどまずあり得ない。
「とはいえ一応は治安維持隊の監視下にあります。当たり前ですけど」
どこに、どんな風に「監視」されているのかまではさすがに聞けないだろうと思ったが、
「保釈金を出したのが、今をときめくレグナの女社長様ですし」
「は?」
コーランは呆気にとられたものの続きを話せと促す。
「いわゆる司法取引ってヤツです。詐欺師の手練手管を営業の方に役立てて欲しいそうです」
「……なにそれ」
話としてはムチャクチャであるが、司法取引自体は珍しいものではない。
それに犯罪者に防犯対策を立てさせるという方策もなくはない。
「何か裏にあるんでしょうね」
「でしょうねぇ」
コーランは一般職員どまりだったし、ナカゴも所長とはいえ治安維持隊という組織の中ではそこまで高い地位ではない。知る事ができる情報は限られる。
それでもこの釈放が怪しい事くらいはさすがに分かる。
あのとき捕まった詐欺師二人組が妙に強気で、捕まる事はない。もしくは捕まってもすぐ出られる。軽い罪で済む。そんな余裕すら感じたのはこうなると分かっていたからだろう。
背後に大物がいるであろう事は見当がついているがここまで露骨なのは珍しい。
では、その大物とはどこの誰なのか。レグナの女社長なのか。確証はない。自分達ではこれ以上何もできない。
それが分かっているだけに自分の無力さに意味なく消沈している二人だった。

<To Be Continued>


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