「Baskerville FAN-TAIL the 31st.」 VS. Harbinger
ぱか。ぱたん。ぱか。ぱたん。ぱか。ぱたん。
携帯電話を買ってもらったセリファは、さっきからずっと従来型の携帯電話を開いたり閉じたり。それの繰り返しである。
電話をする訳でもなく、メールを出す訳でもなく、内蔵されているゲームなどをする訳でもない。勿論インターネットやそれに準じたサービスを利用するでもない。
セリファにとっては「グライダと同じ物を持っている」事が非常に嬉しいのだ。それだけで充分満足できる程に。
仕事の帰りに遊びに来ていた、コーランの後輩にして魔界の治安維持隊員でもあるナカゴ・シャーレンは、自前のタブレットをいじりながら、
「確かに魔族はスマートフォンやタブレットを持つ人は少ないですね。私みたいなのは例外としても」
治安維持隊とは警察機構と同等の組織だ。便利な物は即活用する。こうした電子機器も組織内ではだいぶ普及が進んでいるそうだ。
だが個人となると普及率は一気に落ちる。
「それって、魔族の人は魔法でこういう事をしてるから?」
グライダの素朴な疑問に、コーランもナカゴも声を揃えて否定する。
「魔法はそこまで万能な物じゃないし」
「だいたい魔法を使えない魔族も多いですよ。人界の方は意外と知らないでしょうけど」
人間が暮らしているこの世界を、魔族の間では「人界」と呼んでいる。
「そう言えば、魔族の魔法使いが言ってたけど、レグナのスマートフォンやタブレット。アレって……」
そこで呼び鈴の音が部屋に響いた。
「ったく。誰よこんな夜に……」
話の途中で腰を折られたようで、不満そうにブツブツ言いながら応対に出ようとするグライダ。その背を見送るナカゴの携帯電話が音もなく震えた。仕事の電話である。
周囲に気を使った小声で電話に出ると、
『魔族の詐欺グループの二人組が刑務所を脱走して、人界に潜伏しているという情報が入りました。既に資料をタブレットの方に送ってありますので』
その声を待たずにタブレットの資料を表示させたナカゴ。
画面には、細身かつ腕だけが非常に長い人型魔族二人組の写真が写っていた。一方は「カナL」。もう一方を「カナS」という。
ナカゴが指示を出すまでもなく既に手配されているが、人界では目立ちすぎる二人組である。外見も名前も偽装しているとみて間違いはないだろう。
続く資料には過去の偽装例が記されており、その量は結構なものだ。性別・年齢・職業総てバラバラである。
詐欺の手口も多種多様で、口先三寸で騙すものから大がかりな仕掛けをふんだんに使ったものまで様々だ。
だが、そんな資料の備考欄に書かれている一部分がいささか気になった。
【祖先が堕天使】
堕天使とは、かつて神々に使えた天使が、何らかの理由で神の世界から追放され、悪魔とされてしまった者達の総称である。
かつての魔界の住人と言えばこうした悪魔の事を差すのが普通だった。
そして後に神々の世界で権力闘争に破れた神々が流れ着き、混血や世代交代が進んで現在の魔界となる。
事実コーランの祖先は火の神様だし、ナカゴは鉄の神が祖先である。魔界の住人=魔族=悪魔というのはただの偏見である。
しかし、そんな理屈が通用しないのが世の中という物であり、特に祖先が堕天使の場合は秘匿される事が多い。
が、刑務所から来たらしい資料ならそういった情報があっても不思議な事はない。
『……そんな訳でして、すぐに対策を立てろと本部の方が言ってまして、戻って来て欲しいんです』
ナカゴは治安維持隊隊員であるが、正確にはこの町にある分所の所長という地位である。本部=上からそのような指令が来たら従わねばならない立場。ナカゴは大げさに溜め息をつきながら立ち上がる。
その様子を見たコーランが何か言おうとすると、ナカゴはそれを止め、
「仕事です」
「……いってらっしゃい」
コーランもかつては治安維持隊にいたので、彼女の事情も気持ちもとても良く判る。
のそのそと玄関に向かうと、グライダが来客と話しているのが見えた。スーツ姿の男性二人組だ。
……たった今見た資料に載っていた詐欺師達の「変装」パターンにあった物と同じ二人組が。
ナカゴは家を出てから纏おうとしていた、金属の様な光沢を放つフード付きのマントを羽織って見せる。
そこに描かれた特徴的な、魔界治安維持隊の紋章。それをわざと見せつけるようにすると、
「ちょっと捜査に協力して戴けませんかね」
グライダを自分の背中にかばうように、スーツ姿の二人組の前に立つ。
「あなた方の『外見』が、魔界の詐欺グループの偽装した姿にとても良く似ているんです。なので、偽装か否かを調べさせて下さい」
身分証明書を見せながら、有無を言わせない威圧感で二人に対峙する。
スーツ姿の二人組は、何を言われているのか分からないような顔でぽかんとしたままだった。無理もない。いきなりこんな事を言われたら面食らうのが普通である。
ところがいきなり彼らは動き出した。体当たりする勢いで入口のドアを押し開ける。ところが開かない。びくともしない。
その一瞬の驚きが致命傷となった。ナカゴが持っていたスタンガンで一人が気絶させられる。
そして、それと同時にグライダがもう一人に向かって剣を突きつけていた。
何も持っていなかった筈なのにいきなり剣が現われ、しかも切っ先を突きつけられ、さっきとは違う意味でぽかんとした表情である。
グライダは剣を突き出したままナカゴに向かって、
「あー。何かとっさにやっちゃったけど、良かった?」
「はい。助かりました。魔法での足止めだけだったら逃げられてました。ご協力感謝致します」
ナカゴは見動き取れなくなった男をすぐさま拘束しながら、グライダに礼を言った。
ナカゴの先祖は鉄の神だった事もあって、彼女は物を一時的に金属に変える魔法が使える。それも呪文の詠唱もなく一瞬で発動するのだ。
さっきこの二人が扉を開けられなかったのは、木の扉が開く力で開けようとしたら、金属に変わっていた事に気づかず、想像以上に重かった為だ。その為動作が一瞬止まり、さらに力を込めようとしたわずかな間を突かれたという訳だ。
しかし礼を言われたグライダは苦笑しながら、
「けどねぇ。これのせいで最近話題のスマートフォンとか使えないし」
剣を握る右手を、少し淋しそうに見つめていた。
グライダの右手には、総てを焼き尽くすという伝説のある炎の魔剣・レーヴァテインの力が宿っている。彼女が望めばその力は剣の形となって一瞬で具現化し、伝説通りの力を発揮する。
理由は分からないがスマートフォンやタブレットはそうした「魔法の力」と相反するらしく、グライダはどうやっても上手く操作できないのだ。
グライダだけでなく、魔法の力を強く持つ人間や魔族も同様で、スマートフォンばかりになるのは困ると、携帯電話の会社に陳情までされているのが現実だ。
先ほど来客の寸前にグライダが言いかけた話である。
ナカゴはスタンガンで気絶した方の男の顔を慎重に触れて調べていた。首の後ろ——襟足の辺りに変な違和感を感じた。骨とは明らかに違う固い物の触感である。
何となく押すように力を込めると、そこから背骨に沿って服が、いや、身体が綺麗に割れていくではないか。
その奥からずるりと出て来たのは、細身の人間の姿。だが腕だけがそのまま地面につきそうな程に長い。手配書にあった「カナL」か「カナS」の特徴と完全に一致する。
どちらかは分からないが、まだ意識のある方に向かって、
「魔界から手配が回っていますので、このまま拘束、分所の方へ連行致します」
さすがに正体がバレてジタバタあがく真似はしなかった。その辺りの潔さに……いや、違う。その雰囲気から感じ取れるのは潔さではなかった。
これは「余裕」だ。
捕まる事はない。もしくは捕まってもすぐ出られる。軽い罪で済む。そんな余裕だ。
現行犯で捕まっているのにこの余裕は妙である。有名とはいえ一介の詐欺師の背後に、何かトンデモナイ大物が控えているとでもいうのだろうか。
それとも、この外にすぐ逃げられるよう何か乗り物などを用意しているのか。
そんなナカゴの考えをよそに、連行する為にやって来た治安維持隊員達が、魔法の切れていないドアに辟易していたのにナカゴが気づくのは、もう少し経ってからだった。


礼拝堂にたむろしていた人々も、日が落ちてはさすがに家路につくようで、日中の人だかりが嘘のような閑散ぶりである。
そんな閑散とした礼拝堂に姿を見せた人物が一人。
何と、身長二メートルを超える巨漢である。
暗いのでその表情は良く分からないが、質素な服からでも分かる鍛え上げられた肉体が人目を引く。
そんな人物が軽々と背負っているのは、何故かコントラバスという大きな楽器のケースであった。
その人物の持つ、プロの戦士を思わせる油断なき雰囲気を考えると、楽器ケースより棺桶の方がお似合いである。
その人物は名は宋朝(そうちょう)という。
魔界治安維持隊の一員である。それも単独行動とある程度の裁量を許可されたエリート隊員なのだ。
「宋朝ですか?」
礼拝堂に立つ宋朝に気づいたオニックス・クーパーブラック神父が、懐中電灯片手にやって来て声をかけた。
「あなたもスマートフォンを使う為に来たのですか?」
「相変わらず、冗談の方はあまり上手くないわね」
宋朝の口から出た、低く落ち着きのある声は、明らかに女性のものだ。外見からほぼ間違いなく男性と思われているのは自覚しているので、本人もそれほど気にしてはいない。
「お前のところなら人も集まるだろうと思って、注意喚起をしに来たの」
宋朝はそう言うと、紙の束を取り出してクーパーに差し出した。彼はそれを受け取ってパラパラとめくる。
「魔界の詐欺師二人組、ですか?」
書かれていたその内容に、クーパーの声がわずかに固くなった。
「ええ。最近は手口も大がかりになって来ているから。人界の方に詐欺師自身じゃなくてノウハウも来ているそうだし」
宋朝の困ったような口調が、渡した書類の補足をしている。
遥か昔は、こうした情報を人々に広める時、教会や礼拝堂の前がよく使われた。人々が集まるので注目を集めやすいからだ。
いくら機械的なネットワークが発達しているといえど、そうした古くさい方法も意外とバカに出来ないのだ。
確かに今日の日中のようにたくさんの人がこの教会の礼拝堂にやって来る。
とはいえその理由はスマートフォンを使う為であり、こうした書類を壁などに貼っても、
どのくらいの人物が見るかは分からない。
その事をクーパーが告げようとした時、宋朝の携帯電話が震えて着信を知らせた。
彼女は手で「待て」と合図しながら電話に出る。
「こちら宋朝。はい。はい。……了解しました」
片手で電話を切りながら、空いた手でクーパーに渡した紙の束を奪い取る。
そのリアクションを疑問に思ったクーパーは、
「何かあったのですか?」
宋朝は少し溜め息混じりに、そして紙の束に八つ当たりするように力一杯ねじりながら、
「つい先程、この町の分所の所長が、この詐欺師二人組を逮捕・拘束したそうです」
つまり、わざわざここまで持って来た情報が総て無駄になってしまったという事だ。
しかしこうした犯罪者が捕まったのは喜ばねばならない。だがこちらも人間。骨折り損ゆえの憤りは覚える。
そんなどう表現して良いのか分からない苦々しい、そして極めて珍しい宋朝の顔を見たクーパーは苦笑するしかなかった。


それぞれがそんな事を体験した翌日。シャーケンの港の魚市場近くに建つ安食堂「ヘルベチカ・ユニバース」に顔を揃えた一同は、バーナムから聞いた話に声を殺して笑い合っていた。
「成程。矢張り詐欺師だった訳か、彼の二人組は」
話を聞いたシャドウは、どことなく感じていた胡散臭さに納得がいっていた。
それなら最初にタブレットで手続きをさせようとした事も、名刺にあった電話番号が存在しない物なのも説明がつく。
「まさか口座持ってないから詐欺に引っかからなかったってのが……」
吹き出しそうになっているグライダの足を、テーブルの下で蹴るバーナム。
「やっぱり下手に機械に頼るのは良くねぇな。うん」
別に銀行口座を持つ事と機械に頼る事は無関係なのだが、バーナムは知ってか知らずか「オレは賢い」とばかりに胸を張っている。
「……連日の押しかけ振りを見ていると、その言葉に賛同したくなりますね」
クーパーは礼拝堂の前に今日も集まっていたたくさんのスマートフォンユーザーを思い出し、しみじみと呟いた。
「『過ぎたるは猶及ばざるが如し』とは、良く言ったものですよ」
バーナムとセリファ以外の面々がクーパーに「ご愁傷様です」と言いたそうに顔を伏せている。
「それを言うならこっちも大変だったわよ」
グライダがむすっとしたまま話の口火を切る。
件の詐欺師を捕まえたのは良かったのだが、ナカゴのかけた魔法のせいでドアがなかなか開かず、おかげで近所中に逮捕・連行の場面を見られるハメになってしまった。
もちろんグライダやコーランは勿論、手の空いた治安維持隊の隊員総出で近所へ夜中に謝罪行脚するハメになっては、大変だったと愚痴を言っても仕方あるまい。
「だが、其の詐欺師は何処でバーナムの情報を入手したのだ?」
シャドウの発言に、コーランがハッとなった。
「確かにそうね。金を持ってなさそうなバーナムのところにそんな詐欺師が来たって事は、アルバイトの事を知ってた訳でしょう?」
別に隠してはいなかったが、彼が遊園地でアルバイトをしていた事を知っている人間がたくさんいるとは思えない。
まだ遊園地が存在しているなら調べようもあるかもしれないが、既に潰れてしまった場所である。
潰れた遊園地でアルバイトをしていた人物の情報など、失われている可能性の方が遥かに高いだろう。
この詐欺師、あるいはこの詐欺師の背後にいる者は、そんな情報を入手する事が出来た事になる。
そして。
そんな些細な情報まで仕入れられる詐欺師が、どういった目的でグライダの家にやって来たのか。
クーパーの表情が曇ったのも、仕方のない事だろう。
「詐欺師よりも、情報を手に入れた事実の方が恐ろしいですね」

<To Be Continued>


あとがき

……というところで次回へ続く「Baskerville FAN-TAIL」。
今回の話は判りやすいでしょう。スマートフォンがどうのというのはまさしく現代と全く同じ事ですから。
ですがその裏で動いていた詐欺師の方々。一応捕まりましたがいかにも「いわくありげな」感じは皆様もお分かりだと思いますがその通りです。はい。
バレバレなのをひた隠しにするのはあんまりカッコ良くないですし。次回へ続くなのですから次回にご期待下さい(苦笑)。

「the 30th.」までは「ハナヂミール商店」さんの《のんぽり進化論》に掲載されていた話でしたが、この話からは文字通り書き下ろしとなっています。
でも文章量は従来のまま。400字詰原稿用紙にして18枚分。その辺りは崩しておりません。

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