「Baskerville FAN-TAIL the 3rd.」 VS. OKUGI & Goudy
「う〜ん。できたできた」
焼き上がったばかりの目玉焼きを器用に皿に盛りつける。
「……さて、おねぼうさん達を起こしに行かないと……」
コーランは、まだ起きていない同居人(というのは少し違うが)のグライダ・セリファの姉妹を起こしに向かった。
「……あ、コーラン。おはよ」
珍しく自分から起きて来たグライダが声をかけてくる。
「あら。自分から起きて来るなんて、随分珍しいんじゃない?」
「……な〜んか悪い予感がしてさ。目が覚めちゃったのよ」
「う〜ん。変ねえ。セリファのぬいぐるみにかけた呪いは解いた筈なんだけど……」
「…………」
不機嫌さをあらわにして、大きく溜め息をつく。そんなグライダを見て、
「悪いんだけど、セリファを起こして来てくれない?」
「は〜いはい」
コーランに言われ、セリファを起こしに彼女の部屋に向かう。

  『せりふぁのおへや』

と、彼女の字で書かれたボードのついたドアの前で立ち止まり、開けると同時に、
「ほら、セリファ。早く起きな……」
しかし、最後まで言う前に、彼女の動きがピタリと止まる。ボケーと口を開け、入り口に突っ立ったままだ。
「…………」
今までこらえにこらえていた彼女の怒りが、とうとう爆発した。
「コーラン! ちょっとこーいっ!」
「何よグライダ。こんな朝から大声出さないでよ。近所迷惑よ」
のんびりと歩いてくるコーランにつかみかからん勢いで、
「あれ! セリファの部屋! 何なの?」
コーランは、セリファの部屋をちら、と覗くと、
「ああ、あれ? セリファのリクエスト」
「リ、リクエスト……」
グライダの目が完全に点になった。
さて、その彼女の目が点になったセリファの部屋とは、カーテン。時計。布団。枕。スリッパ等々……。
部屋の中の総てのアイテムがグライダのキャラクターグッズになっていたのだ。
常日頃、「おねーサマ」と言われて懐かれてはいるものの、こうまでされたくはなかった。
「あ。おねーサマ。コーラン。おはよ」
ベッドを抜け出したセリファが、グライダのぬいぐるみ(さっきコーランが言っていた呪いをかけていたぬいぐるみはコレ)腕に抱え二人の元へ来る。
「……セリファ。これ、全部コーランが作ったの?」
「うん。コーランにね、『おねがいっ』て言ったら、いーっぱい作ってくれたの!!」
ぬいぐるみにほおずりして、ニコニコ笑顔でそう答える。
「それでね、今セリファがはいてるぱんつにも、おねーサマの絵がかいてあるの。ほら」
そう言って、はいているグライダの似顔絵入りパジャマのズボンを下げ、おしりの所にプリントされているグライダの似顔絵を二人に見せる。
「…………」
朝早くなのに、全身全霊が疲労しきった表情で部屋を後にするグライダ。一方、セリファの方は極上のニコニコ笑顔で、
「ごはん食べたらクーパーにも見せたげよ」
「それだけはやめてちょーだい」
押し殺した低い声でグライダが言った。


世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。
ここにも、朝はきちんとやってくる。
同時に、面倒な騒動までやってくる。
平穏な日は、一日としてなかった。
この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。だからこそ、ここへ来れば——どんな職種であれ——仕事にあぶれる事はない、とまで云われている。


「な〜。ク〜パ〜。め〜し〜」
ここは海に面した高台の上に建つ小さな教会。若き神父オニックス・クーパーブラックの住む所だ。
聖堂の掃除をしている彼に向かって、かなり情けない声を上げているのがバーナム・ガラモンド。乱暴者というわけではないのだが、気性の荒い武闘家である。
「な〜。ク〜パ〜。めしくれよぉ〜」
これで何度目かもわからない彼の声が聖堂に小さく響く。クーパーは、掃除の手をしばし休め、
「バーナム。給料はこの間出た筈でしょう?」
完全に呆れた様子を隠しもせず、クーパーが言った。
彼等バスカーヴィル・ファンテイルの給料は、仕事内容が危険きわまりないものである上に不定期なので、普通の仕事に比べ、給料は格段に高い。一般的な公務員の十倍はある。
しかし、通常兵器で対処し切れない事態などそうそう起こるわけはない。その為、他の仕事をかけもつのが普通である。
「給料が出たばかりなのに、もうお金が無いんですか? 一体何に使っているのです?」
「ん〜な事、おめーに言う義理はねーよ」
バーナムがボソッと言う。
と、そこへ……。
「クーパー。あっそぼ」
グライダのぬいぐるみを抱え、セリファがやってきた。
「クーパー。あそぼ、あそぼ」
クーパーの手をグイグイ引っ張ってせかす。
しかし、クーパーはセリファの背に合わせて少ししゃがむと、
「ごめんなさい、セリファちゃん。ボクは今、この聖堂の掃除をしているんです。もう少しで終わりますから、待っていてくれますか?」
「はーい」
そう言って、クーパーの掃除している様子をじーっと見ている。
「よぉ。グライダとコーランはどした?」
「……おねーサマもコーランも、お出かけしちゃったの。だから、セリファさみしいの」
ぬいぐるみをギュッと抱きしめ、ポツリと言う。
ジリリリーン。
突然電話が鳴り、クーパーが応対に出る。セリファもトコトコと彼の所へ向かう。
「……はい。どうしたんですか?」
応対に出た彼の表情が、だんだんと厳しいものになっていく。
「……わかりました。すぐそちらへ向かいます」
そこまで言って、ふと思い出した様に、
「あ、ちょっと待っていただけますか?」
そう言ってから、隣に立っていたセリファに受話器を渡す。不思議そうな顔でそれを受け取り、応対に出る。
「もしもし〜」
『セッ、セリファ?』
クーパーに電話をかけてきたグライダがすっとんきょうな声を上げる。
「あ、おねーサマだぁ。ねーねー。今どこにいるのぉ?」
が、すぐに気を取り直し、
『あたしは今、コーランと港の管理事務所にいるわ。詳しい事はクーパーに話しておいたから、バーナム捕まえて港まで来てね。わかった?』
強く念を押すグライダに、
「は〜い。わかったよぉ」
と、にこやかに返事をし、電話を切った。
「ねーねークーパー。おねーサマ、何て言ってたの?」
「それは、港に向かいながら話しますよ」


グライダとコーランが彼等を呼んだ理由。それは、対人外生物用特殊秘密戦闘部隊。バスカーヴィル・ファンテイル出動の為だった。
先日、この町の浜辺に、一体のロボットが流れ着いた。
そのロボットは、発見後すぐに近くの工場へ運ばれたが、破損した装甲から入り込んだ海水が内部の機械を完全にダメにしていたばかりでなく、内部構造そのものが数世代以上も昔の物だった為、修理をしようにも部品そのものが少なく修理は不可能だった。
それでも、どうにか取り出した人工頭脳のデータによると、このロボットは、この町の沖に浮かぶ小さな島の地下深くにある都市の廃墟から来たらしい。
そこで同じ様なロボット達と戦っていたが、突然現れた謎のモンスターによって殆どのロボットが破壊され、このロボットは、救助を求めてここまで来た様なのだ。
しかし、そのデータから割り出したロボットの能力は、数世代以上も昔の物とは思えない程高い物だった。数少ない現存する物と比べても、何ら遜色ない。
そんな高性能のロボットを殆ど滅ぼしてしまうモンスターの存在を、バスカーヴィル・ファンテイルが許す訳がなかった。
「みんな。早く早く!」
港で待っていたグライダが、ようやくやって来たバーナム、クーパー、セリファの三人を誘導する。その先には、借り物のモーターボートに乗ったコーランがいた。
「みんな乗った? 行くわよっ!」
全員が乗ったのを確認してからコーランはモーターボートを発進させた。ボートはやや波の高い海を滑るように駆けていく。
「コーランさん。この巨大なライフルは何なのですか?」
クーパーが、ボートに積まれていた物を見て尋ねた。
「話していたロボットの所持品。何かの役に立つかな、と思ってね」
コーランの言葉を聞きながら、その二メートルはあろうかというライフルを調べ始めるクーパー。
「……このライフルは、魔力をエネルギーにしている物の様ですね」
いろいろと構造を調べ、そう言った。
「魔力を?」
すかさずグライダが尋ねる。
「ええ。おそらく。魔力を弾丸の様に飛ばす術があるのはご存じですよね?」
「ああ。オレの龍哮(りゅうこう)みてーなヤツか?」
それを聞いたバーナムが、自分の技——気を手に集めて投げつける技——を引き合いに出した。
「ええ。バーナムの技と殆ど同じです。これは、魔力を破壊力の高いエネルギー弾に変えて打ち出すものです。という事は、これを持っていたロボットは、魔力をエネルギーに動いている様ですね」
「それじゃあ、魔法使いがいちいちロボットに魔力を注ぎ込むっていう訳?」
不思議に思ったグライダが、クーパーに尋ねる。クーパーは、少し考えて、
「そうだと思いますが、それでは非能率的な気がしますね」
「オニックスの言う通りね」
ボートを操縦しながらコーランが口を挟む。
「魔力を人工的に造り出す事は不可能だし、そんな非能率的なロボットを開発するっていう訳も……」
そこまで言って、何かを思い出したらしく、
「そうか。ストーンキューだったら……」
「ストーンキューですか?」
言われてクーパーも思い出したらしい。
「おい。ストーンキューだかバタンキューだか知らねーけど、それがどーしたってんだよ」
謎の言葉が出てきて、バーナムが尋ねた。
「ストーンキューっていうのは、魔力や魔法を一定量貯めておく事の出来るマジックアイテムの事よ。一回の儀式で魔法を貯めておけば、たとえ使い切ったとしても、丸一日経てば元通り使えるようになるっていう、結構便利な物よ。ただ、そのストーンキュー自体が極端に少なくてね。ロボットを大量生産出来る程採れたかどうかまでは……」
と、コーランが説明する。
そんな説明をしている間に、ボートは島に到着した。
この島は、ちょっとしたグラウンド程の大きさしかない小さな無人島だ。無人島とはいえ、漁をする船が嵐などで避難できる様、簡素な港がある。ボートをそこへ止め、一行は島へ上陸した。
グライダは、強く降り注ぐ太陽の光を恨めしそうに見つめる。
「この仕事が終わったら、ぜ〜ったいに休み取って泳ぎに行ってやる」
「じゃあじゃあ、セリファもいっしょに行きますぅ」
グライダの腕にもたれかかったセリファが笑顔を浮かべる。
「おーい。観光旅行じゃねーんだからよ。早いトコ来いや」
そんな二人を見てバーナムが怒鳴る。
島中を散策すると、島のほぼ中央に直径二メートル程の穴が地面に開いているのがすぐに見つかった。
「結構深そうね……」
その穴を覗き込んだグライダが呟く。
「わー」
わー。わー。わー。わー……。
セリファの声が穴の奥へと降りていく。
「……どうやら、ここから入るっきゃねーみてーだな」
しょうがない、といった感じでバーナムが言った。
「じゃあ、オレにつかまってくれ」
グライダがバーナムの首をしっかり掴む。
「……グライダ。お約束のボケはやめろや」
ボソッと言い、皆がつかまったのを確認した後、穴に飛び降りた。コーランも、自分に浮遊の魔法をかけ、それに続く。
一行は、長い穴の中をエレベーター程のスピードで降りて行く。
バーナムが今使っているのは、四霊獣龍の拳の技の一つ・龍舞(りゅうぶ)である。
本来は単に宙に浮く為の技だが、この様に落下速度を遅らせるのにも使える。しかし、宙に浮くだけなので、鳥の様に空を飛べないのが欠点である。
「ねー。まぁだ着かないわけぇ?」
だいぶ下まで降りた所でグライダが声を上げる。彼女は、セリファにもしがみつかれているので、限界が近づいていたのである。
「……どうやら、下は水みたいね」
夜目の利くコーランが下を見てそう言った。
「なぁ、グライダ。このまま下に落っことしてやろうか? 泳ぎたいんだろ?」
冗談半分でバーナムが言うと、
「何よ、その言い方!」
いつもの様に突っ込もうと腕を上げた時、
「しまったあぁっ!」
バランスが崩れ、二人が落ちていった。
「グライダ!」
「セリファちゃん!」
バーナムとクーパーの声が重なる。
一秒程で水音が二つ。これなら、命に別状はないだろう。
「自分の状況考えないから……」
コーランが落ちていった二人に聞こえない様にボソッと言った。


「まさか、本当に泳ぐハメになるとはねー」
ずぶ濡れのグライダとセリファの二人を見て、コーランがしみじみと言う。
濡れた服がピッタリと身体に張りついているのは、はっきり言って気分のいいものではない。
心身共に幼稚園児のセリファは全く気にした様子はないが、一応、そこそこのスタイル(ナイスバディというには少々胸が足りない気もするが)を持つグライダは、服が張りついて身体の線がくっきり出ている為、ジロジロ見ている訳でもないバーナムとクーパーの視線でも、かなり気にしていた。
「二人とも、サッサと着替えなさい。風邪ひいたって知らないわよ!」
コーランは何処から出したのか、二人分のタオルと着替えを放ってよこす。
二人は、ガレキの陰で手早く着替えを済ませ、戻ってくる。二人ともTシャツにジーンズというラフないでたちだ。ちなみに、セリファの方にはグライダの似顔絵が入っている。
「ねーねーコーラン。おねーサマのぬいぐるみがびしょびしょになっちゃったの……」
と言ってぬいぐるみをつき出す。
「ごめんね、セリファ。家に帰るまでガマンしてくれる?」
そう言ってセリファの頭を撫でる。
「そういえば、セリファ。カードはどうしたの? びしょぬれなんじゃないの?」
「あのね。このカード、ぬれてもだいじょーぶなんだよ」
グライダは、セリファの持つトラッドカードのことを心配して聞いたのだが、いらぬ心配だった様だ。
一行は、そこで、改めて辺りを見回した。
崩れた壁。薄暗い天井。辺りに散らばるガレキの山……。
ここが、あのロボットがいたという地下都市の廃墟に間違いなかった。
「…………!」
「どうしたの、コーラン?」
「何か来る!」
彼女が崩れかけた通路の奥を睨みつける。
クーパーが抜刀術の構えをとり、グライダも両手に剣を出現させる。バーナムとコーランも自然体で身構えた。セリファは、グライダの後ろに隠れる。
ガシャン。ガシャン。ガシャン。
小さく機械音が響いてくる。
ガシャン。ガシャン。ガシャン。
やがて、音の正体が姿を現わした。

<To Be Continued>


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