「Baskerville FAN-TAIL the 29th.」 VS. Field Trip
そんなソラーナの案内で到着したのは、建物の隅の方にある会議室だ。普段からあまり使ってない、とナカゴが言っていた部屋である。
その扉を開けると、手前の方にパイプ椅子が映画館のように並べられており、奥の壁にはスクリーンが張られている。
「まだまだ予算も設備もなくてな。これでも準備ができた方だ」
ソラーナは適当に座れと言いたそうにパイプ椅子を指し示す。
「準備ができたって。この見学会の企画が始まったのっていつ頃から?」
席に座らずにソラーナにそう尋ねるコーラン。すると彼女は、
「もう一年近く経つらしい。準備の期間もあるからな。計画が動き出したのはもっと前だろうが」
少なくとも、コーランが治安維持隊員だった頃ではない。
あの当時は人界は人界。魔界は魔界と冷徹に割り切った思考の者が圧倒的多数。このように「人界の者のために」という企画を思いつく筈がない。時代も変わったという事だろう。
「御前は映写機の取扱方は知って居るのか?」
二人の会話に、シャドウが席に着かぬまま尋ねる。いくら人型とはいってもシャドウの重量では普通のパイプ椅子が耐えられないから当たり前だが。
情報収集を得意とするノスフェラトゥ相手に失礼かもしれない質問だが、ソラーナは気分を害した様子もなく、
「そのくらいは理解している。しかし実際に動かした事は少ない。微調整まではまだまだだな」
ソラーナはシャドウのそばに歩み寄ると、
「機械の事は機械が一番判ろう。お前が教えてくれるのならば……」
「何してるんですかっ!?」
文字通り扉を吹き飛ばす勢いで部屋に飛び込んで来たのはナカゴである。彼女はその勢いのままソラーナに飛び蹴りをしようとするが、紙一重であっさりとかわされてしまう。
「ええい。よくもかわしてくれましたね」
さっき別れた時以上に殺気をみなぎらせ、ソラーナを睨みつけているナカゴ。右手は懲りずにホルダーの銃に触れている。すぐにでも抜き撃ちする体勢だ。
だがソラーナは相変わらず冷淡な様子で少し離れた床を指差す。一同が指の先を見てみると、
『あ…………』
そこには、セッティングされていた映写機が。床に転げ落ち、カバーがパックリと割れて壊れている。ナカゴの飛び蹴りの勢いで落としてしまった事は明白である。


ナカゴが強制的に映写機の片づけをさせられている間に、ソラーナは一同を引き連れて次の場所にやって来ていた。
「ここが通信センターだ。昔は魔法でやっていたが、人界からの機械的なネットワークの提供を受け、魔法に疎い種族の者も迅速な連絡が可能になった」
棒読みな口調ではあるが、判りやすいソラーナの解説。
そこはパソコンがずらりと並ぶ部屋だった。
何人もの隊員が慣れた手つきでキーボードを叩き、耳につけたインカムで相手とやり取りしている。
昔とずいぶん変わってしまった様子にコーランが目を見張るが、
「治安維持隊は『早さ』が売りだからね」
情報収集・データの分析・伝達のスピード。それらを駆使して捜査をするのが治安維持隊の真骨頂。使う道具は変わっても、それに変化はないようである。
グライダとセリファは隊員の邪魔にならないように静かに歩き回っている。
コーランはあまり機械類の扱いに慣れていないので、自分が触って壊してしまってはと、どこかおっかなびっくりで二人の後を着いて行っている。
機械の事がまるで判らないバーナムは部屋の入口からボーッと眺めるだけであり、クーパーとシャドウは壁に張られた大きなスクリーンの、刻々と変化する何かのグラフを面白そうに眺めている。
そんな風に一同が珍しく普通に見学していると、とあるパソコンの前から小さなうなり声がした。
それをめざとく聞きつけたソラーナがそこへ歩み寄ると、
「何か問題でも起きたのか」
やって来たソラーナの「案内役」のプレートを見て初めてここの人間だと判ったらしく、声を一瞬詰まらせると、
「急に動かなくなったものですから、つい」
平静を装ってはいるが、キーをカチャカチャ叩いたりマウスを乱暴に動かしたりと、かなり焦っているのが丸判りだ。
しかしソラーナは相変らずの無表情のまま画面をチラリと見ただけで、
「大きなデータの処理の真っ最中というだけだ。焦る段階じゃない。あと数分経ってもこのままのようであれば、強制終了させて再起動させろ」
彼女はそこまで言って立ち去ろうとしたが、再び戻ってくると隊員の顔を覗き込むようにして、
「……やり方はきちんと学んでいるな?」
「は、はぁ」
淡々とした有無を言わせぬ解説に、その隊員はぽかんとするばかりだ。その場から離れたソラーナは、
「元々魔族はこうした機械の扱いに慣れた者が少ないからな。致し方ないとはいえ……」
ソラーナも情報収集でパソコンを使うため、パソコンを始めとした機械類の扱いは詳しい方だ。そのため「何故こんな初歩的な事で」と思いたい気持ちはある。
「上の教育がなってないな。ナカゴも機械の扱いには手慣れているだろうに。部下の隊員の教育も満足にできんとは。なってないと言われても仕方ないぞ」
例によってかなり毒の強い言い方ではあるが、言っている内容そのものは至極正論だ。
「上の教育がどうかしましたか?」
見るとソラーナの後ろには、まさしく「怒髪天を衝く」を体現したナカゴが仁王立ちしていた。どうやら片づけを終わらせて走って来たらしい。
周囲の隊員が、所長のいきなりの出現に驚いて凝固する中、ナカゴはつかつかとソラーナに歩み寄ると、
「教育がなってないとは言ってくれますね。これでも私自らカリキュラムを作って真面目に指導しているんですよ?」
それは本当である。ナカゴはパソコンを始めとする機械類を「得意」としている数少ない魔族なのだから、教える側に回るのは当然だ。
「講師と称して毎回のようにそのロボットを呼びつけ、教えるのを押しつけているにもかかわらずか?」
ソラーナの無表情な声が淡々と部屋に響く。それを聞いたクーパーは傍らの隊員に小声で、
「そうなんですか?」
「押しつけるってのは極端ですけど、所長よりあのロボットの方が機械だけあって詳しいですし……」
どうやらソラーナは若干オーバーに言っているだけのようである。だがわざわざオーバーに言う理由が判らない。
「優れた人を雇う事の、何が悪いっていうんですか!!」
「職権乱用して一緒にいようとするあなたの思考回路」
グサッと来る一言を淡々と言ってのけるソラーナ。実際ナカゴがシャドウの事をいたく好いているのは、ここの隊員なら誰でも知っている事だ。
それでも仕事の方はちゃんとやっているので、それを責める隊員は意外な事に少ない。
ナカゴとソラーナの睨み合いは続く。それこそ「見学者」達を置き去りにしたまま。
しかし見学者達はこの場所にも二人の言動にも慣れている。こうなったらしばらくは動かないなという事を理解している。
「何か飲もっか。確か自販機あったよね?」とグライダ。
「入口の直ぐ脇に一台在った筈だ」とシャドウ。
「セリファジュースがいい」とセリファ。
「お酒は……さすがにないわよね」とコーラン。
「では、ボクが買って来ましょう。お金は後で出して下さいね」とクーパー。
「えー。奢れよそのぐらい」とバーナム。
めいめいが二人を無視して勝手に言い合っていた。隊員達も今は自分の仕事をする時だと目の前のパソコンに向かっている。
「何をやっているんだ!!」
いきなり部屋に響く怒声。部屋にいた者全員が全身を硬直させて動きを止めている。
部屋の入口に立っていたのは魔族の中年男性。彼も全身を被うマントを纏っているが、ナカゴの物とは微妙に色やデザインが異なっている。
それもその筈。彼は魔界にある治安維持隊『本部の』人間だからである。ちなみに地位も階級も分所所長のナカゴよりずっと上だ。
さすがにそんな人物の怒声だからか。さしものナカゴとソラーナも言い争いをピタリと止めている。
「ナカゴ・シャーレン。所長たる貴様が騒ぎの元凶とは、どういう事だ?」
「見学会の案内役を勝手に取られました」ナカゴはしれっとソラーナを指差す。
「休暇中の自主出勤を咎められた」ソラーナもナカゴを指差し返す。
「案内役などどっちでもいい。案内役が見学者を放っておいている方が問題だ!」
まさしく雷のような一喝。何人もの隊員達が、自分の仕事を片づけながら力一杯うなづいている。
「報告は聞いていたが、ここまでとは思わなんだな。減給くらいは覚悟してもらうぞ、ナカゴ・シャーレン」
それから中年男性はシャドウの前に立った。男も大柄な方だが、それでもシャドウの方が若干大きかった。
「見学者相手に言う言葉じゃないが、お前さんの存在がこの二人のケンカの原因になっている。場合によっては俺はお前さんを排除せにゃならん」
『排除ですって?』
男の一言に、今までいがみ合っていたナカゴとソラーナの声が綺麗にハモった。
「シャドウさんを排除しようとするとは、万死に値します」
ナカゴは腰から下げた銃をゆっくりと抜いて男に照準を合わせる。ソラーナは周囲をチラチラと無言で見回している。
「な、何を考えている、ナカゴ・シャーレン。そんな事をしたら……」
「私の情報操作にかかれば、あなたを今から犯罪者にできますよ」
一瞬おびえる男に対し、ソラーナは無表情のままの座った目で男を睨みつける。
その直後、ドカドカと別の隊員達が部屋に雪崩れ込んできた。手にはそれぞれ銃を持ち、それを一斉に突きつけた。……本部の男に向かって。
「あなたがそこの二人に不埒な行いをした事は、ここの監視カメラに記録されています。投降して下さい」
「何だと!?」
隊員の言葉に、男はもちろんその場の全員が呆気に取られて驚いている。
「見苦しい真似は止めて下さい。素直に投降すればきっと減刑もありますよ」
「ちょっと待て。何がなんだかさっぱり判らん。こら、お前、何をした!?」
問答無用で中年男を引っ立てて行く隊員達。部屋はまた無言の静かなる空間に戻った。
「ノスフェラトゥの力が情報収集だけだと思ったら大間違いだ。こうして情報を操作して撹乱できるから、私達は逃げ延び続ける事ができるのだ」
「何をしたんですか?」
ナカゴがようやく銃を下ろし、ソラーナに尋ねる。
「簡単な事だ。分所の監視システムに介入して、あの男を強制猥褻の現行犯に仕立てただけだ。雑作もない」
「操作した事、バレませんかね?」
「問題ない。この程度の監視システム、いくらでも私の思い通りにできるぞ」
警察機構内とは思えない会話が延々と続いている。周囲の人間を完全に無視して。
「ともかく。これで非常事態は片づきました。後は……」
和やかな雰囲気が一転。二人の間に文字通り火花が散った。
「どちらがシャドウさんを案内するか、決着をつけましょう」
「良かろう。その挑戦、受けて立つ」
「あのー」
そんな二人にどうにか割って入った隊員。二人に一斉に睨まれてビクついているが、
「皆さん、とっくに帰られましたけど」
『えっ!?』
二人の少女の目が点になったのは、言うまでもない。


「ごめんなさいね、変な事に巻き込んで」
人界分所からの帰り道。コーランは素直に皆に謝罪していた。
「……大丈夫なのか、あんなんがトップで」
バーナムが心配そうに口を開くが、それは言葉だけ。彼が一番心配していない。というより関心が全くない。
「でも、途中で帰ってきちゃって良かったの?」
どこか不安そうに尋ねるグライダだが、コーランの方は「どうでもいいわ」とそっけない。
「あのままあそこにいたんじゃ、壊れた物の弁償させられかねないもの」
「それはそうだ」と言いたげにグライダがうなづき、それをセリファが真似する。
「まぁ一応『他言無用』って事にしておいて、今日の事は」
確かにおおっぴらどころか絶対に口外できない話である。まがりなりにも警察組織内であのような事態があった事など。
「トップが今一つでも下がしっかりしていれば、とりあえずは面目が立つのが組織というものですが……」
自分も「教会」という組織に属している神父のクーパーらしい言葉だ。若干の皮肉はこもっているが。
「だが、何故自分が喧嘩の原因なのだ」
シャドウがポツリといった言葉にグライダは呆れ気味の顔をして、
「そりゃ三角関係ってヤツでしょ。ロボットじゃ判らないのも無理はないけど」
「恋愛と云う物か。何故ロボットの自分が相手に成るのだ」
「それは本人達に聞いてもらわないと……」
「グライダ。達じゃなくて『本人』」
コーランがすかさず、そして冷静にツッコミを入れる。
「ナカゴの方はそうだけど、ソラーナの方は違うから」
彼女の言葉に驚くグライダはすかさず反論しようとするが、
「ソラーナの方は、ナカゴの反応を面白がって煽ってるだけ。オモチャにされてるだけよ」
「そうかなぁ……」
今一つ納得のいかない顔を浮かべるグライダ。セリファは理由も判らずその顔を真似している。
「まぁそういう事だから、そっちの方も色々黙っておいてくれると有難いわ」
コーランの言葉に各自が曖昧なうなづき方をしている。無理もないが。
だから、コーランのこんな呟きが聞こえる事がなかったのが、不幸中の幸いだろう。
「……そういう事にしておかないと、こっちの身も危ういからねぇ」

<FIN>


あとがき

今回は魔界に関するお話。やっぱり異なる世界の方々に関する事ですからね。きちんと説明しないとなりません。
今回のサブタイトル「Field Trip」とは簡単に言えば社会科見学、みたいな意味です。
劇中のやり方は確かに間違ってはいませんが、明らかに間違っています。色んな意味で。その辺をうまく出せていればいいと思ってますが。
そして最大の謎はシャドウを挟んだ三角関係だったのか否か。自分も命は惜しいのでその辺は言及しない事にしましょう。ご想像にお任せ致します。

文頭へ 戻る 30th.へ進む メニューへ
inserted by FC2 system