「Baskerville FAN-TAIL the 27th.」 VS. Evoda
「それ」を見上げる者総てが、恐怖で表情を凍りつかせていた。
「それ」とは筋骨隆々の褐色の肌の大男だ。身長はだいたい二十メートルくらいか。
頭にはねじれた二本の角を持ち、背中には巨大なコウモリの羽がついている。大きく裂けた口をニヤリとさせ、眼下の人間を見下ろしている。
そう。大男は、物語に登場する悪魔そのものの姿であった。
悪魔の背後には、町や建物を一直線に破壊して来た跡が延々と続いている。にも関わらず悪魔の表情には一片の疲れも見えない。むしろ「もっと暴れさせろ」と言いたげだ。
そんな悪魔を見たグライダが、小男の胸倉を掴み上げ激しく揺さぶる。
「こうなったらあの子が気絶するまで止めらんないわよ! 全部あんたのせいだからね!」
言われた小男がガクガクされながら窓から見える巨大な悪魔に腰を抜かしそうになる。
「何だ、ありゃ」
「あたしが定時に帰って来ない上に連絡してないから、ブチ切れたのよ、あの子!!」
グライダが泣きそうになっているところに、ドカドカと入ってくる人影が。
「ブンムド坊ちゃん。勝手ながら、グライダ様のお仲間をお連れしました」
小男に対して丁寧に頭を下げる執事の後ろには、セリファを除くグライダの仲間が全員揃っていた。
コーランは無言のままの小男——ブンムドに歩み寄ると、
「あの子にこれ以上破壊活動をさせるわけにはいかないわ。早くグライダを解放しなさい」
「か、解放? それに『あの子』とは?」
「あの悪魔はセリファのカード魔術で作られたもの。実体化させた悪魔とセリファが融合してるのよ」
意味ありげに言葉を切るコーラン。
「このままだと、この辺り一帯が瓦礫の山になるわよ。いや、その程度で済めばいいんだけど……」
「『魔神(デモン)』のトラッドカードに描かれて居る悪魔は、曾(かつ)て世界を滅ぼす寸前迄破壊した最悪の魔神・エボーダだ」
地震のようにグラグラと小さく揺れる中、シャドウが説明する。
「今の嬢ちゃんに説得は通じまい。殺さぬ様力で捩じ伏せるしか方法が無い。屋敷の警備兵程度では何の役にも立たん。退避させろ」
シャドウの説明に、さすがのブンムドも顔が青ざめる。魔族だけに魔神・エボーダの伝説はよく知っているからだ。
「何故そんな物騒な悪魔がここにいるんだ!」
「だから、セリファがブチ切れて魔法で出したからだって」
ブンムドの疑問にグライダがボソッとツッコミを入れる。
「ったく、はた迷惑なガキだぜ」
「それは言いっこなしです。あなたも似たようなものですし」
毒づくバーナムにもクーパーが冷静にツッコミを入れる。
「だが諸君。安心したまえ」
ブンムドがふっと前髪をかき上げ、得意そうに説明する。
「この屋敷を何だと思っている? 魔族きっての実業家・ナカミンダ家が技術の粋を集めて作らせた屋敷だぞ。あんな図体だけの骨董悪魔など……」

ヲヲヲヲヲオオヲヲオオオヲヲヲヲッ!

身体の内側が引っ掻かれるような不気味な声が辺りに響いた。エボーダが何やら叫んだのである。
何と。ただ「叫んだだけ」でエボーダの目の前の建物一つが一瞬で消し飛んだのだ。それこそ安普請の家より軽々と。
幸い彼等がいるのとは別の建物なので、こちらに被害はない。
しかし、得意の絶頂だったブンムドの表情が青ざめるには充分以上だった。
「オイ。声だけでアレだぞ」
わざわざエボーダを指差し、念を押すようにブンムドに呟くバーナム。
グライダは不機嫌さを露にして頭を掻いていたが、
「みんな。とにかく時間を稼いで。あたしが何とかするから」
「そりゃいいけど、お前は何するんだよ?」
当然のようなバーナムの問いに、グライダは顔を真っ赤にして、
「着替えるに決まってんでしょ? こんなカッコで外に出ろっての!?」
言われてみれば、まだ彼女は寝ていた時に着ていたひらひらのネグリジェのままだった。


バーナム達が追い立てられるように外に出た頃、エボーダは自分が崩したばかりの瓦礫をポイポイとどかしていた。まるで何かを捜しているように。
「実力差は歴然……なんてレベルの話ではありませんね」
捜すのに夢中になっているエボーダを見つめたままクーパーが呟く。
それはそうである。彼等が一丸となってもできそうにない破壊力を「叫んだだけ」で行ってしまったのだから。
「姿はエボーダだが中身はお嬢ちゃんだ」
そう言うシャドウはロボットなので分からないが、おそらく苦虫を噛み潰したような表情をしているだろう。
「俺達が全力でいっても、ダメージを与えられりゃ御の字かなぁ」
バーナムが指の関節を鳴らしながら言う。
「迂闊な事したら、今度はグライダが黙っちゃいないわよ」
完全に他人事のようにバーナムに注意するコーラン。言われたバーナムも、
「相手の動きを止めるってのは、相手を殺すよりよっぽど難しいってのによぉ」
準備運動のように首や肩をこきこきとさせ、大きく息を吸い込んだ。
「何をやっているんだ。早く攻撃しろ! 給料分は働け!」
ビビって腰が引けている警備兵達を無責任に叱咤しているブンムドの声が聞こえた。
その声に形ばかりの攻撃をする者もいたが、当然傷一つつけられない。むしろエボーダが振り下ろした腕に潰され、吹き飛ばされる。
正直に言って、相手にすらなっていない。
「屋敷の警備兵程度では何の役にも立たんと言った筈なのだがな」
潰されて死んだ警備兵に対して軽く黙祷するような仕草をしたシャドウは、バックパックの中から分解したビームライフルを取り出して組み立てる。
「兎に角此れ以上の破壊活動だけは止めねばならん。仕掛けるぞ」
シャドウはビームライフルを構えると、すかさず発砲した。ビームは見事エボーダの羽に命中する。
バーナムは右足に精神を集中させて周囲の「気」をありったけ集める。そのまま空高く飛び上がるとドリルのように高速回転しながら「気」を纏った右足をエボーダの背中に叩き込む。
クーパーは日本刀を鞘に収めたまま眼前に構え、高らかに叫んだ。
「織田勘亭流(おだかんていりゅう)弥天太刀(びてんのたち)。汝の力、我が前に示せ!」
すると刀はそれに答えるかのごとく淡い輝きを放つ。
「……オン・アミリティ・ウン・ハッタ!」
クーパーが真言(タントラ)を唱えると同時に刀を抜き放つ。すると刀の先からものすごい水流が溢れ、それが巨大な蛇となってエボーダに襲いかかる。
コーランも複雑に指を絡めた印を結び、静かに呪文を唱えていた。呪文が進むに連れてエボーダの周囲だけに旋風が吹き荒れていく。風で一時的にでも閉じ込めるつもりのようだ。
だがそこで再び先程の叫び声が。

ヲヲヲヲヲオオヲヲオオオヲヲヲヲッ!

その一声で吹き荒れる風が一瞬でかき消えた。無理と分かっていても、こうもあっさりと消されるのは屈辱である。
他の三人の攻撃——シャドウのビームライフル。バーナムの四霊獣(しれいじゅう)龍の拳・龍刺(りゅうし)。クーパーの軍荼利水蛇撃(ぐんだりすいじゃげき)——も、少しも効いている様子がない。
しかしこれらの攻撃は相手を倒すためではなく、注意をこちらに引きつけて時間を稼ぐためのものである。
案の定、瓦礫の山から彼等に注意が向いたらしく、ゆっくりと歩み寄ってくる。
その歩みを見たバーナムは、
「時間稼ぎにもならねーってか……」
自分にしてはかなり攻撃力のある技を使ったにも関わらず相手は無傷。それどころか気にも止めていないようだ。
「さすがにオリジナルでないとはいえ伝説の魔神。一筋縄ではいきませんか」
言葉の割にリラックスしているようなクーパーの言葉。だが刀を収めた鞘を握る手はあまりに強かった。
エボーダがどすん、どすんと足音を立てる度に地面が揺れる。
二十メートル対二メートル弱というだけでも厳しい条件なのに、こちらの攻撃は一切効かない。だが、あちらの叫び声だけでこちらはおそらく虫の息。
頼みの綱はまだ来ないグライダのみだ。策があるのかは分からないが、あの魔神はともかく、それと融合しているセリファを何とかできるのは彼女しかいない。
「お待たせ!」
彼等の後ろからそのグライダが駆けてくる。仕事帰りだったので、胸当て・篭手・すね当てといった軽装の鎧姿だ。
そんな彼女を見たブンムドは、
「それにしても。一応剣士の筈なのに、武器がないみたいだけど……」
連れて来た時も思った疑問を口にする。しかしグライダはセリファ=エボーダの方を見たまま、
「シャドウ! あたしをあいつの頭くらいまで投げ飛ばせる?」
「雑作も無いが。策でも有るのか?」
そう言いながらも、彼女の後ろに立っていつでもいいように待機するシャドウ。
「こんな事やらかした子にする事と言ったらこれしかないでしょ」
「早くしなさい」と急かすグライダの腰を片手で掴んだシャドウは、エボーダの頭めがけて彼女を放り投げた。
グライダの身体は綺麗な放物線を描いてエボーダの頭めがけて飛んでいく。その風圧に負けじと前を見据えたグライダは、自分の左手に神経を集中させる。すると掌に白い光の塊が現れ、それはやがて一振りの剣に姿を変えた。
これぞグライダが所有する魔法剣の一つ。光の聖剣・エクスカリバーである。
しかしいつものエクスカリバーに比べて、刃の部分がやたらと大きく広い。確かに彼女の意思に合わせて形状の変化はいくらでもできるのだが、こんな形状は初めてだった。
エボーダはそんな彼女を見つけると、

ヲヲヲヲヲオオヲヲオオオヲヲヲヲッ!

三たび声高く吠える。だが建物を瞬時に破壊したその「声」が、何故かグライダにダメージを与える事はなかった。
エボーダの顔が近づいたのを見計らい、グライダは幅広の刃のエクスカリバーを思い切り振りかざす。
「セリファ——————————————ッ!!」
力一杯怒りの叫びを上げると同時に、叫び以上に力一杯エクスカリバーを振り回した。
その刃がエボーダの頬に食い込む。いや違う。グライダが当てたのは刃ではなく幅の広い平らな部分だ。威力としては正直微々たるものでしかない。
ところが。これまでの攻撃でびくともしなかった筈のエボーダが、その微々たるたった一撃でグラリとよろめいたのだ。
確かに魔神の力と相反する聖剣の力のせいでもあるだろうが、このスケール差ならば、焚き火を消すのに雨だれ一滴垂らすようなものなのに。
そんな一撃を与えて落ちてくるグライダの身体を、シャドウとバーナムの二人がかりでしっかりと受け止めた。
一方エボーダの方は一撃を喰らってから呆然とその場に棒立ち。だが、

ヲヲヲヲヲオオヲヲオオオヲヲヲヲッ!

またさっき以上に吠えるが、今度はどこも何も壊す事がなかった。
そして、同時にエボーダの姿がみるみるうちに小さくなり、元のセリファの姿に戻ったのである。
シャドウとバーナムに支えられてどうにか立ち上がったグライダは、エクスカリバーを消しながら一直線にセリファに駆け寄った。
そして容赦のない拳がセリファの脳天に振り下ろされる。
その光景を、酒場から追いかけて来たらしいセリファのファンクラブ一同が目撃。いかに姉がやったとはいえセリファが殴られる様子を見て穏やかでいられなかったらしく彼女達に駆け寄ろうとする。
しかしグライダは手を視線でそれを制すると、セリファに向き直った。
「……何で殴ったのか。分かるわよね?」
ペタンと座り込むセリファが口をヘの字に曲げて、怒っているグライダの顔を見上げている。
セリファはべそをかきながらうつむくと、
「……ごめんなさい」
「相手が違うでしょ?」
セリファの謝罪を怒り顔のまま否定するグライダ。言われたセリファはのろのろと立ち上がり、呆然としたままのブンムドの方に歩み寄ると、
「ごめんなさい、おじちゃん」
泣きそうになりながらペコリと頭を下げるセリファ。そしてその顔を上げた時、ブンムドの表情が凍りついた。
彼は口を半開きにしたまま、謝ったセリファを見つめていた。
「……ああ、いい。気にするな」
心ここにあらずといった感じで返答するブンムド。そんな二人のやりとりを見たコーランは、
「グライダ。あんた何でこんな所に連れて来られたのよ」
彼女の当然の問いにグライダの顔が渋いものになる。さすがに保護者代行にまでは隠せないと思ったらしく、
「何か、ナントカさんのコスチュームを是非着てくれとか何とか」
「ナントカじゃ分からないっての」
当たり前である。ナントカで分かれという方が無茶である。
「何か分からないけどさ。すっごいひらひらが一杯ついた、恥っずかしいくらい少女趣味のドレスなんだもん」
魔界では、自分が好きな物語の登場人物と同じ格好をする、もしくはさせるという文化が存在する。珍しくはないが広く行われている訳ではない、と言う方が正確であるが。
その「ナントカさん」とグライダが似ていたのだろう。それでブンムドは彼女に「これを着てほしい」と言って(殆ど強制的に)連れて来たのだ。
いくら魔族人口の多いシャーケンの町とはいえ、そんな文化を知らない人界の住人にそれを頼むとは。気味悪がられたり嫌がられたりで断わられるのは目に見えている。
その挙げ句に町や屋敷が壊されるハメになったのだ。グライダとブンムド、どちらに同情したらいいのやら。
「何だこれは!?」
そこへいきなり轟く胴間声。見るとスーツ姿の中年の魔族が一人立っていた。ブンムドと同じ土色の肌と髪なので、きっと同族だろう。もしかしたら家族かもしれない。
その魔族は周囲をぐるりと見回すと、
「ブンムド! 貴様また悪いクセが出たな!?」
その中年はズカズカとブンムドに歩み寄り、容赦のない拳を振り下ろす。
「だってパパ。スタイミーさんそっくりの人がいたんだよぉ」
ブンムドは急に幼い子供のようになって中年男——父親に泣きついた。
しかし父親はブンムドを再び殴ると、
「どうせ無理矢理連れて来てやらせようとしたんだろ! おまけに人界で。時と場所を考えろ!」
そんな二人のやりとりを、コーランは呆れた冷めた視線で見つめていた。
魔界では、成人すると親の庇護下から離れて一人立ちする方が一般的だからだ。そうして親に苦労や迷惑をかけないのが最大の親孝行とされている。
ブンムドは自分よりも少し下だろうが立派に成人男性。このやりとりから考えて、かなりの甘えん坊のようである。
ところが。やや取り残される形となったセリファを父親が見た時である。
父親の方も先程のブンムドと全く同じように心ここにあらずといった感じでセリファを見つめていたのだ。やがて恐る恐る、
「君。名前は何と言うんだね?」
「セリファはセリファだよ?」
不思議そうに首をかしげる彼女に対し、父親の方がその場に土下座すると、
「頼む! エルフィン・カナの格好をしてもらえないか!?」
ブンムドの方も隣で土下座している。
成り行きを見守っていたファンクラブの誰かが、納得した顔の魔族の大男に尋ねると、
「魔界で昔からやっている教育番組のマスコットキャラクターの女の子だ。こんな感じの」
大男は懐からカードらしき紙を取り出した。ファンクラブの面々がそれを覗き込む。
そこには人間年齢十歳くらいの赤髪の女の子が描かれていた。白地に青いラインを基調とした可愛らしいミニスカートの制服姿である。
番組タイトルらしい「魔法の魔法使いエルフィン・カナ」というロゴも入っていた。
その女の子の雰囲気は、確かにセリファに似ていなくもなかった。何となくというレベルではあるが。
一方父親の方も同じ紙をセリファに見せて懇願していた。その懇願にやがてファンクラブ一同が加わる。
「やってくれれば屋敷や町の修繕は全部ウチがやろう。君は何の心配もしなくていい」
いくらやってほしいとはいえ何という条件。いくら魔界でも有名な実業家といっても、それはあまりに無謀なのでは。
「いーよー」
何も考えていないようなセリファの即答に、その場が一気に盛り上がった。
ブンムドと父親はセリファを屋敷に案内し、ファンクラブの面々はカメラを取りに家に走って行く。
そのどちらにも属さないグライダ達が、その場で唖然としていた。
あまりの成り行きに声も出ない。何をしていいのかの判断もできない。もう唖然とする事しかできないのだ。
そんな中、シャドウがポツリと言った。
「グライダが素直に服を着て居れば、何の被害も出なかったのでは?」

<FIN>


あとがき

今回はいわゆる「コスプレ文化」。知ってる人ならともかくそうでないならグライダのような反応が普通でしょう。イイ服でオシャレって物とは違うと思いますから。
そもそもグライダの性格からすると、ひらひらしたドレスは意地でも着そうにないでしょうが。
それでもシャドウが言う通り、彼女が我慢すれば町もここまで酷い事にはならなかった気がします。

今回は見方を変えれば非常にはた迷惑な姉妹・妹編。そんな感じの話ですね。
まぁ普通の人間に「Baskerville FAN-TAIL」が勤まらないとはいっても、これはさすがに普通じゃなさ過ぎるか。なんて書いてる本人も思ったりしますが。
これだけの事をしても怖れられない彼女達。そして受け入れている町の人々。それが一番、そして非常に怖いのかもしれません。

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