「Baskerville FAN-TAIL the 22nd.」 VS. Bou-Gyou Sou
「待ちなさい、宋朝。彼女達と戦うつもりですか!?」
クーパーにしては珍しく、ずいぶん泡食った調子で止めに入る。その言葉はどう解釈しても挑発しているとしか聞こえないのだ。無理もない。
「礼拝堂の外ならば、神父殿も文句はないだろう。それに、死者が出てもすぐ弔える」
そう言い切った東方服の女の表情が大きく変わった。
明らかにこちらを下に見ている目。自分を優越者と固く信じる独裁者にありがちな目だ。
男達が一斉に礼拝堂の外に飛び出した。女も後ろを警戒しつつ、悠然と歩いて外に出る。
宋朝はコントラバスのケースを片手で軽々と持ち上げて背負うと、こちらも悠然と歩いて外に出る。仕方なくクーパーも皆に続いて外に出た。
見ると彼女達は、女を中心に横一列に並んで立って待っていた。女がやや後ろに下がっている。
何か言おうとするクーパーに、目線で「お前は来るな」と告げた宋朝は、
「さてどうする? 一対一を五回? 別に一対五でも構わないけど」
自信満々の笑みを浮かべ、胸を張って堂々とそう宣言した。
「だが、戦う以上は生か死か。手加減して戦えるほど器用じゃないからね」
宋朝の言葉に、女はずかずかと前に出ると、
「そこまであからさまに挑発されて受けないのでは、茅行僧末代までの恥。お前達、手出しは無用です」
女はゆっくりとした動作で仕込刀を引き抜いた。その動きは明らかに素人のものではない。正規の訓練を積んだ者だけができる動きだった。
「我が名は一〇二代目茅行僧・科孝攵(かこうほく)。貴様の名は?」
胸を張ってそう名乗る姿は、まさに堂々たるもの。神の名を継いでいるところから見ると、彼女は四人の男達のリーダーというよりも彼らを束ねる一族の長と判断するべきだろう。
「我が名は宋朝。今は一介の戦士」
そういうと彼女はコントラバスのケースの止め金を外そうとした。その時、
「やめて下さい宋朝。あなたが戦ってはいけません」
困った顔でクーパーが彼女を止めに入る。だがその目は真剣だ。気迫すら感じられる。
「ここはボクが戦います。それが一番いい筈です」
クーパーは彼女を押し止めた上、やや躊躇したあとに梵天丸をつかむと、科孝攵と向かい合った。
「ボクの名はオニックス・クーパーブラック。石井岩蔭流剣術でお相手致します」
左手で鞘のままの梵天丸を持つ。クーパー得意の抜刀術の構えで、科孝攵と同じくらい堂々と言い放った。
さすがに剣を持ち去ったとする岩蔭の名が出て、科孝攵の目の色が変わった。
「なるほど。岩蔭の剣の使い手が相手か。確かにそれが一番いいな」
形は違うが先祖の無念を少しでも晴らせれば、それに越した事はない。
「使う資格はないんじゃなかったの?」
「からかわないで下さい、宋朝。刀を取りに行く時間がないだけですよ」
宋朝とクーパーが小声で言い合っている。
「では参るっ!」
科孝攵は声と同時に体を横にして刀を前方に大きく突き出した。その体勢のまま地面を滑るように間合いを詰める。
キレには欠けるが、十分実戦で通用するスピードだ。クーパーとて油断は一切できない。
彼女はその体勢から突きを繰り出してきた。それも二つ三つではない。刀の先端が見えなくなる程のスピードが何度も何度もクーパーに襲いかかる。
そのどれも彼を傷つける事はなかったが、クーパーは一切手出しをしていない。刀を持っているにも関わらず。
だが科孝攵は無言で刀を突き続けた。微妙に場所を変え、同じところを連続で突き、はたまた切先だけで連続で斬りつける。
(なぜ反撃してこない……?)
攻撃のいくつかがクーパーの神父の礼服をわずかに斬り裂いている。だが、彼はそれでも反撃しようとしない。
科孝攵は刀を引く勢いに乗せ、数歩後方へ飛んで間合いから出た。
「……なぜ、反撃してこない」
そう彼に問う声は、さすがに少し息が切れていた。だがそれでも構えは全く解かない。
「科孝攵さん。あなたは自分の祖先の神・茅行僧の事をどのくらいご存じなんですか?」
自然体で真っ直ぐ立ったまま、クーパーは静かにそう問いかけ、鞘に入ったままの刀を突き出した。
「茅行僧という古代の神は確かに刀を帯びていました。この梵天丸を、です。ですが、この刀をよく見て下さい」
見ると鞘と鍔を固定するように白い紐が巻かれていた。これは作られてから一度も鞘から抜かれていない事を表わしている。
「茅行僧は岩蔭に仕える従属神。人間で言うなら僧侶である茅行僧は、原則として刃物を持たないものです。にもかかわらず刀を持っていました。しかし一度も使っていません。なぜだと思いますか?」
「グダグダんな事言ったって無駄だぜ、クーパー」
突然頭上から降ってきた声に一同が驚く。
声がした方向は礼拝堂の屋根の方。そこにはボロボロの黒マントを羽織った小柄な男が腰かけていた。
クーパーもよく知る武闘家のバーナム・ガラモンドである。
「そっちにいるのは茅行僧達か。わざわざご苦労なこったな」
バーナムも生まれ育ったのは東方の国。同郷ではないにせよ、東方の事はそれなりに知っている。
「茅行僧ってのは女の神だからな。代々部族の中で優れた女が長になるらしいじゃねぇか。長自ら来たって事は、よっぽどの事があるみてぇだな」
バーナムは苦もなく屋根の上から飛び降りると、クーパーの方へ歩み寄る。クーパーは彼に、
「バーナム。彼女達を知っているんですか?」
「ああ、話だけはな。長が代替わりした数ヶ月くらいしか村の外に出られねぇ結界が張られた村に住んでるらしい。ウチの村以上に他との交流がねぇ」
という事は、科孝攵は長になったばかりなのであろう。どうりで微妙にぎこちない訳だ。
「よくそんな村を知っていましたね?」
「話だけなら東方じゃ有名だったからな。俺も実際にこいつらを見るのは初めてだ」
科孝攵を無視した形で二人の会話が続く。
「お前らがうるせぇから寝られやしねぇ。その刀渡して帰ってもらうか、全員叩きのめしちまえよ」
バーナムはそう言うと科孝攵達に向き直り、
「それとも、俺がブチのめす方が早いか?」
わざとらしく指をコキコキと鳴らして挑発めいたポーズを取る。
「貴様! 決闘に割って入るとは、礼儀の何たるかも知らぬのか!」
後ろで控えていた男の一人がバーナムに向かって怒鳴る。バーナムはその男を一瞥すると、
「あれが決闘なもんかよ、ただのケンカにもなってねぇぜ。そっちの女なら充分分かった筈だぜ。こいつが死ぬほど手加減しまくってる事がな」
その言葉に科孝攵の表情が一瞬しかめたものになる。だが部下達の手前すぐに強気の顔に戻ると、
「こちらが挑んでいるのに無抵抗とは、勝負をする気がないとでも言う気か!?」
怒りを露にした科孝攵の声に、クーパーは涼しい顔のまま、
「はい、そうですよ」
さらりと、かつキッパリと言ってのけた。
「あなた方が本当に茅行僧の末裔かどうかを問い質すつもりはありません。ですが、あなた方は茅行僧の事をあまりにも知らなさ過ぎる」
「全くもってその通り。ふざけるのも大概にしてほしいわね」
今まで黙って成り行きを見ていた宋朝がいきなり話に加わってきた。
「茅行僧は優しすぎる上に無器用すぎた。誰よりも他人を愛した。それゆえに他人を傷つけたくないと考えた。危険に巻き込みたくないと考えた。だから他人と距離を置いた。他人を寄せつけまいとした。それはそのための刀」
道を外れた破戒僧だと自ら示す事で、自分に関わるな、近づくなと無言の警告を発する。
自分が一人でいれば、何かに巻き込む事もない、愛する他人を傷つけずに済む。
宋朝の言う通り、自分の優しさを素直に表現できなかった神なのである。
「そんな神を知っている筈の末裔が『斬り捨てる』だのと簡単に吐き捨てる?」
「そうです。梵天丸も岩蔭の従属神となった時、忠誠の証として岩蔭に差し出したそうです。岩蔭もその志を理解し、一度として鞘から抜かなかったと云います」
淡々と、しかし諭すようなクーパーの言葉。科孝攵は無表情を作っていたが、
「だ、黙れ! そのような根も葉もない戯言を、誰が信じるか! それこそそんな証拠がないではないか!」
言い返すその声は、明らかに迫力が削げ落ちたものだった。
その時である。後ろに控えていた男達が一塊になり、一斉に何か呪文を唱え出した。
「お、お前達、何を!?」
驚く科孝攵を後目に、その呪文は完成した。
彼らの頭上の空間にノイズが走る。そのノイズは次第に何かの形を作っていく。
「……ゴーレムだな、あれは」
鋭い目で宋朝が睨みつける。そうしている間にも土のような塊でできた不恰好な巨人が現れる。
その巨人は拳を振り上げると、勢いよく振り下ろした。その目標は……なんと科孝攵である!
ドガアンッ!!
恐怖のあまり動けなくなった科孝攵を救ったのは、なんと宋朝であった。自分が背負ったコントラバスのケースを盾に、ゴーレムの拳を平然と受け止めている!
「形勢が不利になったから始末するってところかな。自分達が持ち上げて祭り上げた形だけの『長』など、開放派のお前達には不要という訳ね」
宋朝の言葉に食ってかかろうとする科孝攵だが、男達はその言葉に無言を貫いている。
それどころか、宋朝ごと叩き潰そうとゴーレムは拳を繰り出し続ける。それは、宋朝の言葉を否定はしていない証であった。
一方バーナムはゴーレムではなく呼び出した男達に飛びかかろうとしたが、
「バーナム。あなたはまだ力が癒え切ってない筈です。無理はしない方がいい」
クーパーは肩を掴んで彼を止める。いつもならその制止を振り切って戦いを挑むバーナムも、言われている事が事実なだけに仕方なく押し黙る。
まだ本調子の六割程度しか回復していないし、特に握力は相当衰えている。一対一ならともかく、大人数が相手では人間相手でも戦いにならない。
「やむを得ません。宋朝!」
「心得た!」
クーパーが自分の部屋へ向かって走り出す。
宋朝は振り下ろされるゴーレムの拳から科孝攵を逃がすため襟首を掴んで後方に飛ぶ。
うまく着地を決めると科孝攵を軽く突き飛ばし、コントラバスのケースを素早く開けた。中には子供でも持てそうな小さな草刈り鎌が一つだけ。それが中で動かぬように埋め込まれている。
だが、その鎌がただの鎌でない事が素人にも分かるほど、不可思議な魔力が放出されていた。
「草刈り鎌一つ入れておくのに、ずいぶん仰々しいのだな」
訳が分からなくなった科孝攵は、そう強がるのがやっとだった。
「このくらいごつくないと、抑えられない威力なの」
宋朝が鎌を取り出した頃には、クーパーは愛用の刀・彌天太刀(びてんのたち)を持って戻ってきた。おまけに腰のベルトに梵天丸を挟んでいる。
「瀑布太刀(ばくふのたち)だ!」
「分かっています!」
阿吽の呼吸と言うべきものか。宋朝はクーパーの襟首を掴むと、その身体を天高く軽々と投げ飛ばしたのだ!
その高さは簡単にゴーレムの背丈の倍を超えるが、クーパーは冷静そのものだった。心静かに刀に手をかけ、頭から落下していく。
すると、腰に差した梵天丸が淡い光を放ち出したのである。
一方の宋朝は鎌をギュッと握り締め、バットかラケットの様にゆっくりと横に振りかぶった。
「稲飛牙流(いなひげりゅう)神無地鎌(かんなちのかま)。元の姿に!!」
叫ぶと同時に鎌を叩きつける。しかしその距離は離れすぎていて完全に間合いの外だ。
ところが。柄はそのままなのに刃の部分だけが一瞬で巨大な物となった。その大きさたるやクーパーの礼拝堂をも軽々と超えている。
そしてタイミングよく真上から降って来たクーパーも刀を抜きざま半回転し、真一文字に振り下ろした。
巨大な鎌の刃がゴーレムの腰をいとも簡単に両断にし、クーパーの刀の刃がゴーレムを頭から両断していた。
その切断面の交わったところに、魔力を放つ赤い宝玉があった。それこそがゴーレムの心臓にあたる宝玉である。それをやられてはゴーレムとてひとたまりもない。
クーパーは斬りつけた勢いそのままに地面に着地した。梵天丸の輝きがふうっと消える。
それから男達をちらりと見て、
「石井岩蔭流(いしいいわかげりゅう)抜刀術奥義・瀑布太刀(ばくふのたち)。あなた方を斬らない事。最大級の情けと思って下さい」
クーパーにしては珍しく冷たく言い放った。
その迫力に気圧されたのか、ゴーレムを倒された事で戦意を喪失したのか。戦闘はこれで終了した。
懸命に駆けつけたグライダ達が到着したのは、まさにその時だった。


「腕は衰えていなかったようね」
宋朝は、刃が小さくなった草刈り鎌を元のようにコントラバスのケースにしまうと、いくぶん穏やかな口調でクーパーの肩を叩く。
「宋朝もお見事でした」
クーパーも小さく笑顔を見せて、互いの健闘を称え合う。
「ね、ねぇクーパー。これ一体どうなってんの?」
何がなんだかさっぱり分からないグライダが代表して彼に尋ねる。
「それは後でお話しますよ」
クーパーはさっきからぺたんと座り込む科孝攵の前に片膝をつくと、
「この梵天丸は、実は刀ではないんです。持ち主の力を倍加させる、刀の形をしたお守りのようなもの。だからボクにもあんな芸当が可能だったんです」
彼女だけに聞こえるようにそう言った。
続いて宋朝が上から見下ろしたまま、
「誤解がないよう言っておくけど、実はお前の母が亡くなる直前、依頼があったの。『私の娘を、開放派から守って下さい』とね」
その宋朝の言葉に、科孝攵の肩が一瞬びくりと震えた。
「どうせあの男達にあれこれ吹き込まれて、梵天丸捜索に来たのでしょう?」
言われてみれば捜索を決意したのもこの町に来る事になったのも、全ては男達の意見を汲み上げた結果である。
まだ慣れない今のうちは、周囲の意見を聞きながらやるしかないからだ。
だがそれは意見ではなく自分を殺すための、念の入った作戦だったのか。
科孝攵は男達を静かに見つめる。男達はうちひしがれた様に無表情のまま、
「我々はただ、長の生命で作られる結界を無くしたかっただけなんだ。もう隠れ住むような時代ではないのに」
だが村の中で長殺しを行なう訳にはいかない。そのため探索行を計画したのだ。
長を殺めても梵天丸さえ手に入れば「長は命と引き換えに梵天丸を取り戻したのだ」と言って、反開放派も納得させられるだろう。そう考えたのだ。
その一部始終を聞いていたシャドウは、
「成程。仕事の内容が『彼等を止めろ』と云う物の筈だ」
一人静かに納得していた。
「こちらの仕事は、奴らを連行するだけだ。あとはお前達に任せよう」
宋朝はポケットから細長い紙切れを取り出し、ばっと宙に撒く。
するとそれは針金で作られたような細身の人型となり、男達をあれよという間に拘束していく。
「あれは治安維持隊の式神じゃない!?」
人型を見たコーランが目を丸くしている。
「さすがに知っているようですね、サイカ殿」
少々ばつが悪そうに宋朝は微笑む。
コーランの様子に、不思議そうな顔の皆に向かって、
「宋朝は魔界治安維持隊の一員で、ほとんどの権限を持って単独行動をする特殊部隊のエリートなんですよ」
そのクーパーの説明に皆が驚きの声を上げる。その声のおかげで、彼のその後の呟きが聞こえる事はなかった。
「単独行動が任務なのだから、人を巻き込まないで欲しかったんですけどね」

<FIN>


あとがき

今回は謎多き神父・クーパーさんのお話でした。彼の話であると同時に神様・岩蔭の事も少し語りました。
でも設定の一部公開というよりはより一層ワケ判らなくなっただけのような気がしないでもないです。梵天丸とか宋朝とかの関わりは全く書いていませんし。
……コレでも一応行き当たりばったりで設定を決めてる訳じゃないんですけどね。別な機会で書く事ができればいいのですが。果たしていつになりますか。
しかし今回のお話自体は判りにくいものではないと自負してます。
いつの時代もどこの地でも「年若いリーダー」というのは苦労がつきものだったり年輩者に利用されたりするものです。

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