「Baskerville FAN-TAIL the 22nd.」 VS. Bou-Gyou Sou
「ん?」
何となくテレビ画面を見ていたグライダ・バンビールは、聞こえてきた臨時ニュースの音を聞いて、画面のテロップに目をやった。
その顔は少々不機嫌だ。熱中して見ていた訳ではないが、やっぱり気分のいいものではない。
『メインナール王国国宝にして世界遺産登録の刀 盗難される』
グライダの目が点になった。メインナール王国とは多少縁もあるし、訳あって、国王一家とは顔見知りの仲でもある。

「どぇぇええええっ!!」

一瞬後、彼女の大声が家中に響き渡った。


世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。
ここにも、朝はきちんとやってくる。
同時に、面倒な騒動までやってくる。
平穏な日は、一日としてなかった。
この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。
だからこそ、ここへ来れば——どんな職種であれ——仕事にあぶれることはない、とまで云われている。


「ちょっとどうしたの、グライダ。いきなり大声出して?」
無遠慮に声をかけてきたのは、彼女の育ての親同然の魔族・コーラン。全身をすっぽりと包んだマントから右手だけを出して彼女の頭をこづく。
「セリファびっくりしたよぉ」
いきなりの大声に目を回しそうになっているのは、グライダの双子の妹セリファ・バンビール。心身ともに幼いがほぼ無尽蔵の魔力を持つ魔術師でもある。
「どーしたの、おねーサマ?」
セリファはグライダのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、首をかしげる。
グライダは「ごめんごめん」と謝りながら、
「今テレビの臨時ニュースで、メインナール王国の国宝が盗まれたって」

『ええ——————————————っ!?』

セリファとコーランの驚いた声が綺麗に重なった。
「カヤちゃんだいじょーぶかなぁ?」
セリファは泣きそうな顔になっている。別にカヤ(無論王女のカヤ姫である)の身に何かあった訳ではなさそうだが、セリファはまるで彼女に何かあったかのようにがっくりとしている。
「……聞いてみる?」
コーランの意見に二人は即賛成した。
向こうは今ごたごたとして忙しいだろう。
だが、そうと分かっていてもコーランは電話をかけた。真実を知るために。


一方、神父オニックス・クーパーブラックも電気屋のテレビでその臨時ニュースを見た。
彼は神父だが、同時に一介の剣士でもある。刀を使う者として、刀の盗難事件は気になった。
しかし、その表情はそんな考え以上に曇っている。
「メインナール王国の国宝にして世界遺産の刀。確か其の名は『梵天丸(ぼんてんまる)』と云ったか」
クーパーと並んで電気屋のテレビを見ているのは、戦闘用特殊工作兵のロボット・シャドウ。盗まれた物の割に淡々とした話し方である。
元々こういう喋り方ではあるが、その言い方にはどこか彼を思いやる雰囲気が不思議と感じられた。
「一応縁が有る様だからな。気にはなるか」
クーパーが使う剣術「石井岩蔭流(いしいいわかげりゅう)」。古代の神・岩蔭が開祖に伝授した剣技という伝説がある。
その岩蔭という神が持っていた小太刀が、その盗まれた「梵天丸」なのである。さすがにそれ以上の事はシャドウでも分からない。
「国宝にして世界遺産登録の品。其れを盗み出した連中の方が気になる所だが……」
「どう、気になります?」
クーパーの問いに、シャドウは相変わらずの調子で答えた。
「警備員は全員無傷。各種警報装置も破壊や故障の形跡は全く無い様だ。並の泥棒に可能な芸当では有り得ぬ」
インターネットニュースにアクセスしたのだろう。かなり詳細な情報を語るシャドウ。
国宝にして世界遺産級の品物である。それを守る警備の方は物理的・魔術的にも最高クラスだった筈だ。にもかかわらず盗み出されている。
確かにシャドウの言う通り、並の泥棒にできる仕業とはとうてい思えない。
「そうですよね」
クーパーは気落ちしたように力なくうなだれていた。


そのままシャドウと別れ、自分の教会に帰ってきたクーパー。ふと礼拝堂を見ると、閉めておいた筈の扉が開きっぱなしになっている事に気がついた。
礼拝堂は基本的に出入り自由。神に祈りたい人が入って祈りを捧げるものだ。
だが扉を開けっぱなしにされるのはあまりいい気分ではない。
クーパーがそこから礼拝堂の中に入る。いないとは思うが、万一泥棒が入っていないか用心しながら。
すると、礼拝堂の通路の奥の真ん中に人影があった。あまり明るいとは言えないので細かい所までは確認できない。
ずいぶん大きな人影である。おそらく身長二メートルは雄に越える巨体だ。
「鍛え上げられた」という形容がピッタリのがっしりした体型が、質素な服から浮き彫りになっている。
その人物が軽々と背負うのは棺桶のようなもの。だがよく見ると、それは弦楽器・コントラバスのケースである。
その人影は、入ってきたクーパーに気がつくと、
「帰ってきたのね」
場違いなくらい落ち着いた声を発した。驚いた事に、その声は低いが明らかに女性のものだ。
クーパーはその声で誰かを察した。
「……宋朝(そうちょう)でしたか」
彼の声に警戒心はない。だがその表情はずっと険しいものだった。
「あなたがここに来るとは思いませんでしたよ」
険しい顔のままの呟くクーパー。その様子を見た宋朝は、
「『久しぶり』の挨拶もなし?」
どこか物悲しそうに溜め息をつくと、
「お前の力が必要なの。力を貸して」
声は穏やかではあるが、有無を言わせぬような強い言葉。そして、彼女がすっと差し出した右手には、一振りの刀が。
しかし、通常の刀にしては明らかに長さが短い物だった。
「……ボクには、使う資格はありません」
クーパーは刀もろくに見ずに、きっぱりとそう答えた。
宋朝と名乗る彼女の手に握られた刀。
それは、間違いなくメインナール王国から無くなった小太刀・梵天丸だった。


コーランは電話を切った。
メインナール王国に電話をして、事件の詳細を聞き出したのである。
無論個人的に親しいといっても、国外の部外者に王国の一大事を話せる訳もない。
応対した顔見知りの召使は、それでも「他言無用にお願いします」と言って教えてくれたものの、その内容は新聞記事に毛が生えた程度の情報である。
だが、詳細を聞いたところで他国の事件である。自分達に何ができるかというと、実は何もできない。
何とかしたい。何かできないかと考えるグライダとコーラン。一方のセリファは難しい話はイヤだとばかりに口を尖らせるばかりだったが。
そこにシャドウがやって来たのだ。それもDVDディスクを携えて。
どうやらバスカーヴィル・ファンテイルの仕事らしい。一同は覚悟を決めて、そのDVDを見る事にした。
機械に弱いグライダは、相変わらず慣れない手つきでDVDプレイヤーを起動させ、ディスクをセットする。そしてすぐさま再生させた。
画面はすぐにパッと明るくなった。
白い砂浜。透明で青い海。燦燦と照りつける太陽。典型的な「南国」風景である。
『やあ諸君、ひさしぶり』
電子的に加工された妙に棒読み口調な台詞を喋るのは、アロハシャツに麦わら帽子をかぶり、サングラスをかけた案山子であった。
その案山子は微妙に上下に動きながら、
『メインナール王国に伝わっている宝刀・梵天丸って知ってるかな?』
唐突に語り出したその言葉に一同が固唾を呑む。そんな様子が見えている訳でもないのに、案山子は間を置くと、
『その刀は遙か昔、岩蔭という古代の神が持っていた物なんだ。それを東方のミンという国に預け、どこかへ消えてしまったそうだ』
いきなり始まった話にグライダとセリファはきょとんとしていたが、コーランは気づいたらしく何やらうなづいている。
『ところがその後、その国は隣国に攻め滅ぼされてしまってね。たった一人生き残ったお姫様が、遠縁にあたるメインナール王国に逃れて来たんだ』
案山子のくせに、どことなく遠くを見るような、悲しい眼をしている。そんな雰囲気である。
『でもお姫様はお家再興がなる前に、流行り病でこの世を去ってしまった。それでメインナール王国ではその方を偲んで刀を国宝として代々菩提と共に祀る事にしたそうだ』
案山子は延々身振り手振りらしき上下運動をしつつ話を続ける。
『その梵天丸なんだけど、盗まれてる事は、君達もニュースなんかで知ってると思う。でも今回の仕事は刀を取り返す事や犯人を捕まえる事じゃないんだ』
その言葉に一同驚きを隠せなかった。この流れならそういう仕事だろうと皆が思っていたからだ。
『その盗まれた梵天丸を狙ってる者達がいる。彼らを一刻も早く止めてほしい』
「はぁ?」
奇妙すぎる依頼に一同が呆れ声が漏れる。
国宝ともいえる宝を取り返すのでもなく犯人を捕える事でもなく、それを狙う者を止める。奇妙以外の何物でもない。
それはむしろ自分達ではなく、警察の仕事だろう。三人は無言で画面の向こうの案山子に訴えていた。
『その集団は「茅行僧(ぼうぎょうそう)」と名乗ってる事は分かっている。もうこの町に潜入している事も見当がついている。それじゃ、幸運を祈る』
案山子はくるりと後ろを向くと、そこで映像が切れた。後に残るは黒一色の画面のみ。
「幸運を祈るったって……。名前しか知らない集団を、この町の中から探せっての!?」
グライダが画面に向かってツッコミを入れる。無理もない。
「大丈夫よ。無駄足にならない行き先なら分かるから」
コーランはすっと立ち上がった。
「梵天丸って岩蔭って神の持ち物だったんでしょ。その岩蔭は、オニックスが使う剣の開祖に技を授けた神。彼なら私達よりは詳しい筈だわ。彼に尋ねれば何とかなるんじゃない?」
確かにその通りである。名前以外の情報があった方がいいに決まっている。
コーランはグライダの頭をポンと叩くと、
「その茅行僧って連中がこの町にいるって事は、たぶん刀がこの町にあると睨んでるんでしょうね」
「其の茅行僧だが。どうやら古代の神の一柱らしいな」
今まで黙り込んでいたシャドウが、唐突に話し出した。
「僅かだが電子化されている文献が有った。其れに因れば刃物を持った破戒僧らしい。尤も、その刀を振るったと云う記録は無いのだが、文献の少なさから考えると正確とは言い切れんな」
皆が映像を見ている間に調べたらしいシャドウの淡々とした解説は唐突に終わる。
「結局、クーパーの所に行かないとならないんじゃない」
説明はいいから早く行こうと言いたそうにグライダが呟いた。


梵天丸を手にクーパーを見つめる宋朝。
宋朝を淡々と見返すクーパー。
無言の時が教会の中に静かに流れていた。
その静寂を破ったのは、教会の扉を荒々しく開けた音だった。
「見つけたぞ、梵天丸を返してもらおうっ!!」
突然女の声が響き渡った。
同時にぞろぞろと入ってきたのは五人の人間だった。体格や体型から考えて、四人が男で一人が女だ。
全員揃いの黒い着物に袴。頭にはこれまた揃いの編笠。手には白木の杖をそれぞれ携えている。だがその長さから察すると普通の杖ではなく仕込杖の可能性が大きい。
紅一点の女だけが編笠を取る。鋭い眼光以外の表情がない、しかし透明な美しさを持つ二十代くらいの女性だ。
「貴様が梵天丸を盗み出した輩か。おとなしく返せばよし。さもなくば斬って捨てる!」
彼女の言葉が号令になったのか、四人の男達が一斉に杖——やはり仕込刀をすらりと抜いた。
「待ちなさい。いかなる事情があろうとも、礼拝堂の中での抜刀は礼がないでしょう」
彼女達に向き直ったクーパーが静かに、そして威圧的に答える。
「貴様。神に仕える身にありながら、盗人をかばうつもりか!」
彼女が声を荒げる。しかしクーパーも梵天丸を持つ宋朝も微動だにしない。
「返せと言われても、お前達はメインナール王国の人間ではないでしょう」
どこか冷めた態度で宋朝が言う。
確かに彼女達の格好はメインナール王国の物ではない。明らかに東方の国の格好である。
「我々は、今は亡き明(ミン)王朝の生き残りにして、梵天丸の本来の持ち主である神・茅行僧の末裔である」
前に出て来た女が、堂々と胸を張ってそう告げた。
「古代の神・岩蔭によって奪われた梵天丸を故郷に返し、祖先の神である茅行僧と共に祀るものとしたい。大義名分は明らかにこちらにある!」
女は朗々と。しかしどこかぎこちない雰囲気の声でクーパーと宋朝に語った。
「そのまま黙って渡すのであれば、こちらも事を荒立てるつもりはない。礼拝堂を騒がせた事を謝罪もしよう。しかし、そうでないのであれば容赦はしない。即刻斬り捨てさせてもらう」
まるで猛犬のたずなを引き締めるように強い口調で言い放った。ぎこちなさは相変わらずだったが。
梵天丸は、古代の神・岩蔭が明王朝に託し、後にその刀がメインナール王国へ行ったという話はクーパーも知っている。
という事は、彼女達の話を信じるならば、岩蔭がその刀を奪い取った後、明王朝に託した事になる。
「……解せん」
宋朝がぶっきらぼうに呟いた。
「お前達が茅行僧の末裔であるという証拠がない。どこかの王朝の生き残りであるという証拠もない。それゆえ、お前達がそこまで梵天丸に執着する理由が全く分からない」
推理を披露する名探偵のようだが、それにしては余りに覇気のない宋朝の物言い。
「……確かに不自然さがありますね」
こちらは事件を分析中の探偵を思わせるクーパーだが、宋朝に同意する。
「梵天丸がメインナール王国にある事は昔から知られていますし、王国もそれを隠していません。あなた方の話が真実であるならば、遙か昔から訴えている方が自然でしょう。ですが、そんな活動は一度だって見た事も聞いた事もありませんよ」
クーパーの方も話の中にあった不自然な点を的確に指摘する。
亡国から失われた宝を求める者達。これはこれでドキュメント番組の一つも作れそうなネタではある。そこまで真剣に求めている割に、これまで全く活動がないというのは確かに不自然である。
「ボクも伊達に神父という職に就いている訳ではありません。古代の神についての文献もいくつか読んだ事があります。それによれば茅行僧という神は……」
そんなクーパーの発言を遮るかのように、
「御託を並べるな、神父よ。返さぬのなら、ここが血に染まる事になるぞ」
女はそう言うとすっと右手を上げた。それが振り下ろされれば「攻撃しろ」という合図になるのだろう。
緊迫してきた雰囲気に動じた様子もなく、宋朝がぬっとクーパーの前に出た。
「やっぱり話し合いは無駄に終わるのね。最初から我々を殺すつもりのようだったから。殺気の漂い方ですぐ分かるわ」
宋朝は女の後ろで斬りかかろうとしている男達を睨みつけると、
「こんな狭い場所では、集団戦法の道理が生かせないでしょ。外に出る?」

<To Be Continued>


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