「Baskerville FAN-TAIL the 21st.」 VS. Qilin
「……明日未明より観測可能、ねぇ」
新聞の隅に書かれた大規模の流星群の来訪を伝えるニュース。
しかもイレギュラーなものとあって、にわか天体ファンが増えている、という事も書かれてあった。
天体観測にあまり興味のないグライダ・バンビールはその新聞を無造作に放り投げた。
「おねーサマ。お星さま見たくないの?」
十歳くらいにしか見えない双子の妹・セリファが、彼女の服の裾をくいくい引っ張っている。
その様子を見た同居人のコーランは、
「天体観測ねぇ。その昔はあらゆる事を星から教えてもらっていたものだけど……」
コーランの言う通り、星の動きは暦や天候はもちろんの事、占いにまで使っていたのだ。まさに国の運命をも星の動きを見て決めていたといっても過言ではない。だからこそ星占いが発達していったのだ。
「そうした星の動きに関心がないって言うのは、時代だけじゃなくて『世界』的なものもあるのかしら?」
そう言うコーランはこの世界の住人ではない。異世界とされる「魔界」の住人である。
魔界といっても悪魔の住む世界という訳ではない(遙か昔はそうだったらしいが)。現在では能力の減退や混血も進み、こちらの人間より能力の平均値が高い「外国人」でしかない。
「おねーサマ。テレビでもやってるよ」
セリファがつけたテレビでは、どこかの資料映像らしい流星群のアップが写し出されていた。こうしてよく見てみると、長く尾を引く様が非常に美しい。
ところが。
何の前触れもなしにいきなりノイズと共に画面が切り替わり、代わって画面に映し出されたのは、白装束の妙な風体の人物のアップだった。
『この星は狙われている!』
そんな人物から、いきなり物騒な言葉が飛び出した。


世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。
ここにも、朝はきちんとやってくる。
同時に、面倒な騒動までやってくる。
平穏な日は、一日としてなかった。
この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。
だからこそ、ここへ来れば——どんな職種であれ——仕事にあぶれることはない、とまで云われている。


『あの星こそ、人々に災いをもたらす凶星。目にした者に災厄を……』
映像がノイズと共に切り替わった。テレビが「大変失礼致しました」という紋切り型の謝罪文を述べる中、バーナム・ガラモンドは、
「まさか、じじぃの戯言が、ホントになるとはなぁ」
懐に入れたままの手紙を再び取り出す。
そこには、一言だけこう書かれていた。

   <木神麒麟 来タル>

木神麒麟(もくしんきりん)とは、バーナムが使う武術「四霊獣の拳」の中でも「特殊な」技に関係している。
四霊獣の拳は、四つの方角と地・水・火・風の四大精霊を司る霊獣の力を借りる、一言で言うなら「魔法のような拳法」である。
地と北を司る地神・蛇亀王(ちしん・じゃきおう)。
水と東を司る水神・龍王(すいじん・りゅうおう)。
火と南を司る炎神・鳳王(えんじん・ほうおう)。
風と西を司る風神・虎王(ふうじん・こおう)。
以上の四柱の神を力を使うのだが、それ以外の霊獣の力を借りた技も存在はする。
その一つがこの<木神麒麟>なのである。
バーナムは木神の存在は知っていても、その力を使った技がどんなものかという事までは知らない。
「じじぃ」と呼んだ、彼の師匠なら知っているだろうが、手紙には技の事については何一つ触れていないのだ。
もちろんこうしてわざわざ手紙を送ってきたのだ。何か重大な事があるのではないかとは思うのだが。
「……けどまぁ。来るから何だってんだ?」
という彼の反応は、当然といえば当然だろう。ただ「来る」というだけでは驚きも喜びもできまい。
「クーパーなら、何か知ってねぇかな」
そう思ったバーナムが向かっているのは海に面した高台に立つ小さな教会。そこにクーパーことオニックス・クーパーブラック神父がいるのだ。
若いが年齢不詳の彼は知恵袋で通っているだけあり、妙な事には妙に詳しい。その知恵を頼っての事である。
「おーい、クーパー。いるかぁ?」
入口ではなく窓の方を大きく開け、部屋の中に声をかける。
あいにく部屋の中には誰もいなかった。だが人の気配、それも間違いなく彼の気配はするので、窓からひょいと入り込む。
窓の縁に腰をかけた状態で靴を脱いでいると、後ろから声がした。
「……いつもの事なんですけど、どうして窓から入ってくるんですか?」
少々呆れ気味の声は、部屋の主クーパーのものだ。バーナムが首だけ後ろを振り向くと、手には匂いの強いお茶の入ったカップを持って立つ彼の姿が。
バーナムは靴を脱ぐとそれを持ったまま部屋の中に着地する。
「いやな。じじぃが『木神麒麟 来タル』なんて手紙をよこしたんだけどよ。肝心のそいつの事、何か知らねぇかって思ってな」
バーナムの問いに、さすがにクーパーも困った顔になり、
「それなら、自分のお師匠様に聞いた方が早いのでは?」
「けど手紙じゃ時間かかるし、電話は使い方分からねぇし。第一番号覚えてねぇ」
バーナムの機械オンチぶりはクーパーも知っているのでそれ以上の言及はしない。
話している内容ほど困った様子を見せない彼に向かって、クーパーは続けた。
「そういうセリフが出るという事は、番号を控えてもいなさそうですしね」
彼の言葉をあっさり肯定したバーナムは、
「だから聞きにきたんだろ? ホントに何も知らねぇのか?」
クーパーは少し考えるそぶりを見せると、
「ボクも詳しい訳じゃありませんが」
クーパーは手にしたままのお茶を一口飲むと、話を始めた。
木神、というのは分からないが、麒麟という霊獣の事ならさすがに知っていた。
毛を持つ獣を従える王の事であり、頭は狼、躯は鹿で足は馬。尻尾が牛のような姿。角はあるがそれで害を与える事はなく、歩く時に生き物を決して踏み殺す事がないと伝えられる霊獣だ。
鳴き声は音階と一致するとか、歩いた跡は正確な円を描くという話も伝わっている。
ちなみに「麒麟」という名は正確ではなく、雄の個体を「麒」。雌の個体を「麟」と呼ぶのが正しい。双方を合わせた総称は伝わっていないそうだ。
バーナムは、珍しく茶々を入れずにうんうんとうなづきながら聞いていたが、
「……で。どんな技なんだよ。木神の技って」
丁寧な話だったにもかかわらず、彼の関心事はそれだけだったようである。これにはさすがのクーパーも困り果て、
「……ボクがバーナム以上に四霊獣の拳の事を知っている筈がないでしょう」
「それもそうか」
だが——そんな風には見えないが——一番困っているのはバーナムである。
「けどよ。クーパーでも分からねぇとなると……シャドウやコーランも無理かな」
「無理だと思いますよ。霊獣麒麟の事を解説して終わりでしょう」
男二人はやれやれと溜め息をついた。


その二人の話題に出たシャドウは、シャーケンの町の中でもかなり高い部類に入るビルの屋上に立っていた。
忍者を思わせる黒いメタリックな全身。マスクのような顔には、何の感情も浮かんでいない。
それもその筈。彼はロボットなのである。
そんな彼は、まだ明るいうちからじっと空を見上げている。搭載された全センサーが、真昼の空を隅々まで、そして裏の裏まで見抜こうと激しく動いている。
「……矢張りな。通常の流星群と異なるとは思って居たが」
太陽の方が遙かに明るいので肉眼では見えないが、シャドウのカメラアイは今テレビで話題になっている「流星群」をはっきりと捕えていた。
シャドウのメモリーにあるさまざまな流星のコースのデータによると、この時期にこの星に近づく流星は一つもない筈なのだ。
マスコミは「イレギュラーな物」で済ませているが、何かあってからでは遅い、と活動を始めている者も少なくない。
さきほどいきなり電波ジャックをして『この星は狙われている!』という発言をしたのも、そういった者の一人だろう。
狙われている、というのはかなりオーバーだと思うが、警戒するに越した事はあるまい、と彼自身も観察を続けていた。
万一この星をかすめ、最悪直撃するような流星だった場合、さすがに呑気に構えている訳にはいかないからだ。
だが、シャドウが捕えている「流星群」の正体は、上半身が二人、下半身が一人という、奇妙な人型生物にしか見えなかった。


「上半身が二人に下半身が一人、ですか」
シャドウからの電話を受けたクーパーは、自分の記憶の中を色々探してはみたものの、思い当たるような事は見つけられなかった。
「合成生物(キメラ)にしちゃあ随分実用性なさそうな奴だな。空飛ぶくせしやがって」
漏れ聞こえる声にバーナムが反応する
流星群の中に見えた、イコール、空を飛んでいるという解釈は奇妙だが、そう考えても無理はないだろう。
上半身が二人で下半身が一人。バーナムは少ない知恵をしぼって想像してみるが、どうにもイメージが沸かないようだ。
「クーパー。神だの妖怪だの……でもいねぇのか、そういう奴?」
彼の知識をあてにしてバーナムが再度尋ねる。クーパーはシャドウからの電話を切ると、
「単に、首が二つあるとか、腕が二本以上ある、というのであれば、いくらでも心当たりはあるのですが……」
一行の知恵袋で通っているクーパーも心底困ったように考え込んでいる。
確かに彼の言う通り、古くから信仰を集めた神の中にはそういう描写で描かれる神も多い。多くの頭で考え、多くの目で物を見、多くの手で人々を救うとさられているためだ。
また片腕がないとか片目がないという、ある種の欠損を持つ神もまた多い。勇気を示した証だったり、力を得る代償だったりと、その神らしい逸話も伝わっている。
だが、この結合双生児のような外見を持つ神など、彼の知識にもない。クーパーは手近のメモ用紙に丸と棒で落書きのような人を書きつつ考えていた。
だが、知恵袋で通っているのは伊達ではなかった。ついに一つの心当たりに突き当たったのだ。
「……もしかしたら。あれならそう見えなくもないでしょうね」
「な、何だよそれ」
だらけていたバーナムが急に起き上がって詰め寄ってくる。クーパーはその勢いに驚いたものの、話を始めた。
「人界東方に伝わる神様に『ソノ』と『オニビ』というのがいるんですが……」
そこでクーパーはバーナムを見つめる。
「確か、バーナムの故郷も人界東方の筈ですが、聞いた事ありませんか?」
「知らねぇ」
間髪入れず返してきた返事に、クーパーは「やはり」と言いたげにがっくりとうなだれると、
「ソノとオニビというのは、二人で一組の神なんですよ。男神であるソノには右脚が。女神であるオニビには左脚がないので、互いが互いを補うために、いつも肩を組んでいると言われているんです」
「それなら『上半身二人に下半身一人』に見えなくもないって訳か?」
その様子を苦労して想像してみたバーナムは、ようやく納得したようにうんうんうなづく。
「このソノとオニビという神は、秩序をかき回す事を楽しむ、いわゆるトリックスターと言われています。でも、神話に登場する回数は、トリックスターの割には少ない方ですね」
物語を引っ掻き回す役回りであれば、程度はともかく頻繁に出るのが普通だ。少なくとも他の神話では。
バーナムも「ふーん」と相槌を打つと、
「じゃあよ。その流星群にいるのがそいつらとしたら、何でじじぃは『木神麒麟』が来るなんて手紙をよこしやがったんだ?」
「ソノとオニビが『木神麒麟』なのではないですか?」
ソノとオニビの接近の前に届いた手紙なのだ。その考えに行き着くのは決して突拍子もない事ではあるまい。
だがバーナムは思ったよりも冷静で、
「神だろうが何だろうが、勝手に引っ掻き回されるのはゴメンだな」
不適な笑みと共にそう呟いた時だった。
『シャーケンの町の皆さん、逃げて下さい!』
つけっぱなしだったテレビからいきなり聞こえた大声に、バーナムはコケそうになる。
「何だぁ、いったい!?」
バーナムが怒鳴りながらテレビ画面を見ると、さきほど「この星は狙われている!」と怒鳴った白装束の男が映っていた。
その男が警備員に引っ立てられながらもスタジオから追い出される光景がテレビに映る。
それでもその男は「気をつけるんだ! 間に合わなくなる前に!」と叫んでいた。
「……バーナム。これは只事ではないかもしれませんよ」
テレビ画面を睨むように見つめていたクーパーが、厳しい調子で呟いた。


その日の夜。セリファとコーランが教会に来ていた。新聞に載っていた流星群を見るためだ。一応グライダもついてきている。
彼の教会は小高い丘の上に建っているので、こうした観測にはもってこいなのだ。
クーパーは倉庫の奥から引っ張り出してきたような、型の古い天体望遠鏡の調整をしている。コーランはその様子を眺めながら、
「新聞の時間から考えると、もう少しで見えるでしょうね」
その言葉に胸踊らせているのはセリファだ。
だがクーパーの邪魔してはいけないと、姉のグライダのぬいぐるみを抱えておとなしく待っている。
「新聞のしゃしんみたいに見えるかな?」
「其の望遠鏡の拡大率を考慮すれば、後二十メートル程高さが欲しいが。見えない事は無かろう」
周囲を観察していたシャドウがセリファに告げる。彼女もシャドウの「正確さ」は知っているので素直に黙る。
「ね、ねぇ。ホントに見る気なの? 少し寒いんだけど?」
グライダが不満そうに訴える。さして興味もないのに無理矢理連れて来られたようなものだ。本当ならすぐにでも帰りたいのだろう。
「風向きが変わったな。防寒対策はしておく方が良いだろう」
シャドウがそう言うものの、そういった準備は何もしていない。その事を訴えようとした時だった。
急にシャドウが棒立ちになり、何か小声で言っている。不思議そうな皆の視線を集めたシャドウは、
「バーナム。ソラーナからの情報だ。『龍王の月故に、鹿は龍の元へ向かう。気をつけろ』との事だ」
ソラーナとは、前の任務でシャドウが知り合った、ノスフェラトゥと呼ばれる吸血鬼の一派の少女だ。
あらゆる情報に長けており、今は地下に潜っているものの、時折こうしてシャドウに接触してくる。
だがその内容は直接的で分かりやすい言い回しをせず、嫌味のようにわざと遠回しで分かりづらい言い方をするので、役に立つとは言いがたかったが。
バーナムはソラーナと直接の面識はなかったが、話だけは聞いている。やはりストレートな物言いでないだけに少しムッとした顔である。
「ったく、じじぃといいそいつといい、どうしてこういう連中はストレートに言いやがらねぇんだよ」
バーナムが愚痴を言っているその後ろでは、クーパーとセリファのほのぼのとした会話が聞こえてくる。
「クーパー。このお星さまは?」
「それは犬座の星ですね。本当はもう少し明るい星なんですが」
「じゃあ、こっちの大きいのは?」
「それが常に北を指すという北極星ですよ」
「ふーん。……あれ?」
セリファの口調がいきなり変わった。どうしたんだと皆の視線が向く中、
「りゅう星がなくなっちゃった」
その言葉にぽかんとする一同。シャドウも自身のセンサーで空を観察する。
「確かに。あれ程の流星群が影も形も見えなくなるとは」
人間であったなら驚きで声が震えているだろうシャドウの声。微かに合成音が震えているようにも感じる。
それと同時に、バーナムが感じた気配があった。大きなものを無理矢理小さくまとめたような、圧縮された気配、と言えばいいか。
そしてその気配が、自分達の真上に。
『なぜ、人ごときから龍の力を感じるのだ』
『なぜ、龍の力を人間から感じるのだ』
声のした方向を見上げると、さすがの一行も唖然としてしまった。
ぱっと見た感じでは、肩を組んでいる二人の男女にしか見えない。
しかも下半身は獣の毛に覆われているばかりか、その脚は明らかに馬の物だ。
そして、男の方は右脚がなく、女の方は左脚がない。
「ソノとオニビ……」
昼間、クーパーがバーナムに説明した神。ソノとオニビ。それに間違いなかった。

<To Be Continued>


文頭へ 進む メニューへ
inserted by FC2 system