「Baskerville FAN-TAIL the 20th.」 VS. Nictuku
「じゃあみんな、席についてー」
まるで小学校の先生にでもなったような口調で、部屋の主である剣士グライダ・バンビールが言った。
彼女はテレビの前に陣取り、DVDディスクの穴に人差し指を突っ込んだまま、DVDプレイヤーをあれこれといじっている。
「今まではビデオだったんだけどな」
軽快とは言いがたい彼女の機械操作を後からのぞき込んだバーナム・ガラモンドが呟く。
グライダはすかさず拳を突き出すが、バーナムはそれを武闘家らしく簡単にあしらう。
「ずいぶんと前から、映像制作作業はコンピュータが使われていますし、デジタルデータをアナログデータに変換するのも大変でしょうからね」
現実的な問題を静かに淡々と語るオニックス・クーパーブラック神父。彼らの頭脳とも言うべき知恵と知識の持ち主にして、一流の剣客でもある。
「ねーねーおねーサマ。まだ〜?」
もう待ちくたびれたという態度でねだっているのは、グライダの双子の妹であるセリファ・バンビール。その身体は二十歳を迎えたというのにまだその年齢の半分にも満たない幼いものだ。
「もう終わるからおとなしくしてなさい」
彼女の後ろで優しく声をかけたのは、グライダ・セリファ姉妹の育ての親でもある魔族のコーラン。魔法も体術もかなりの腕を持つ使い手だ。
グライダが再生しようとしているDVD。
それは彼らの真の姿。対人外生物用特殊秘密戦闘部隊——バスカーヴィル・ファンテイルに「仕事」が来た証なのである。


世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。
ここにも、朝はきちんとやってくる。
同時に、面倒な騒動までやってくる。
平穏な日は、一日としてなかった。
この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。
だからこそ、ここへ来れば——どんな職種であれ——仕事にあぶれることはない、とまで云われている。


「何者だ」
人間にしてはいささか奇妙な感じの低い声が、薄暗い路地裏に響いた。
がしゃん。
わずかに一歩踏み出した際の金属音が不思議なほど大きく響く。
「それはこちらが言うべき言葉。お前こそ人間とは思えんな」
堂々と、かつ偉そうな雰囲気の静かな声が帰ってくる。
暗がりから姿を現したのは、つややかな黒で統一された、古風なデザインのドレスを着た、小柄な少女だった。
小さなノート・パソコンを持つ手には手袋、首にはレースをあしらったチョーカーをしており、露出しているのは顔と、美しい金色の長い髪のみ。
だがその顔も、つばの大きな黒い帽子を深くかぶって隠している。その隠された顔はまだ幼い。ところが表情はぴくりとも変化がない。
それに少女とはいっても、見た目と年齢が『本当に』一致していれば、の話である。そんな事はこの世界では珍しくもないからだ。
「貴様は明らかに普通の人間とは違う。生命力と云う物が一切感じ取れん」
再び奇妙な低い声が響いた。しばし考えるような仕種をしていた少女が、きっぱりと言い切った。
「……なるほど。この町に住むシャドウとかいうロボットだな、お前」
少女の前に立つ忍者のようなシルエット。
ブラック・メタリックの金属の体。
そして、人の心を持つロボット。
戦闘用特殊工作兵のシャドウである。
ロボットであるシャドウ。かたや生命力を持たぬと言われた少女。
互いの正体を一目で見抜いた二人の間に緊張が走った。しかし。緊張が走った意味が二人では違っていた。
シャドウはいつの間にか握っていた投げナイフを真上へ投げる。少女は投げナイフが自分に向かってこなかった事に一瞬動きが止まったものの、すぐにその理由を理解した。
頭上で短い悲鳴がしたと思いきや、すぐさま目の前でドサリという重い音が。
見ると、それは猟犬だった。しかも操られている者特有の焦点の合わない目をした。
そんな犬の心臓に深く突き刺さった投げナイフ。明らかに絶命している傷だ。
シャドウがナイフを投げていなかったら、今頃少女はその猟犬に噛み殺されてただろう。
「なぜ、こちらを狙わなかった……」
少女の口から力ない呟きが漏れる。それでも表情は変わらない。まるで仮面のように。
「自分も人間では無い。人間では無いと云う理由だけで攻撃する、武器も思想も持ち合わせてはいない」
シャドウは猟犬の身体から投げナイフを抜くと、
「早くこの場を離れた方が良いな。死にたくなければ生き残れ」
踵を返し、少女には目もくれずその場を立ち去った。


シャドウに電話がかかってきたのはちょうどそんな事があった直後だった。
「何だ」
味気ない淡々とした口調で電話に出る。
『あ、シャドウ。今どこ!?』
電話をかけてきたのはグライダだった。
何か急いでいるような、落ち着かない焦った声である。
シャドウは感情をよく理解できていないが、何も察する事ができない程ではない。
「……仕事か」
『さっすがシャドウ、話が早いわ。この町に逃げてきたノスフェラトゥを捕まえろって』
「ノスフェラトゥだと……」
グライダの口から出た単語を聞いた途端、シャドウ自身の中にノスフェラトゥに関するデータが浮かび上がってきた。

ノスフェラトゥ。
吸血鬼と呼ばれる一族の一分派。
その姿は人間の概念で見れば「狂気を与えるほど醜悪」の一言に尽きる。
そのため、人目に触れぬよう地下に潜って隠れて生きざるを得なくなった。
同族には寛容で強固な連帯感を持ち、異種族に関り合いを持つ事は極めてまれ。
敵として襲ってくる者に対しては、同族の総てが団結して徹底的に戦いを挑んでくる。
その際にこれ以上ないくらいの残忍性・残虐性を発揮する。彼らが非常に恐れられているのはそこにある。
だがノスフェラトゥにはあらゆる生物・自然現象を「目」とも「耳」ともして使役する能力があるため、ありとあらゆる情報に通じている。捕まえるのは非常に困難。

シャドウは約一呼吸の間に出てきたデータを閲覧すると、
「……その捕えるノスフェラトゥの手掛かりは無いのか?」
『あるわけないでしょ? おまけに向こうは隠れるのがムチャクチャ得意みたいだし、コーランもクーパーも魔法がダメだから困ってるのよ』
いくら「普通の人間には対処し切れない」事態の収拾が仕事でも、これはちょっと酷だ。
いつもならこれ以上ない程の手がかりをくれるのだが、情報収集に長けたノスフェラトゥが相手では、出し抜くのは大変なのだろう。
隠れるのも得意だが、卓越した情報収集能力で「危険が及ぶ前に逃げる」事ができるからだろうとシャドウは推測し、グライダに説明する。
『……どうしよう』
普段の元気で強気な彼女とは全く違う、不安で弱々しい声。その声が、シャドウ自身にも判らない力が宿ったような気がした。
「相手がノスフェラトゥであれば、魔界治安維持隊も協力を拒みはしまい。我々よりは調査に長けているだろう」
淡々とした中にも、どこか力強さと頼りになる雰囲気のある声。
グライダは、まるで父親にでも諭されたように短く返礼すると電話を切った。
そこでシャドウは一つ「普段と違う事」に気がついた。普段この時間であれば混雑しない道路がやけに混んでいたのである。
混んでいるというよりも渋滞。それも車が全く動けない程の渋滞だった。
ロボットに「直感」というのも奇妙な感じだが、彼は急いで渋滞の大元目指して駆け出していた。


渋滞の大元は、やはり町の出入口だった。
関所ではないが、昔の城門のような大きな門があり、そこに警備員も常駐している。
そこで何やら騒いでいる団体があったのだ。
町に向かって騒ぎ立てているその団体は、
「人間の世界から出ていけ」
「ここは我々の住むところだ」
と書かれた横断幕やプラカードを掲げ、しきりに大声を上げている。
確かにこのシャーケンの町には人間以外にも、魔族や亜人と呼ばれる者達の人口比率が他の町より遙かに高い。
それがこの町独特の「異文化が混ざった不思議な雰囲気」を生み出しているのだが、もちろん総ての人間がそれを受け入れている訳ではない。
そういった存在を完全排除し、人間だけの世界を取り戻そうという趣意の団体がある事はシャドウも知っていた。
シャドウはそうして騒ぐ人々の中に、携帯電話を使っている人物を見つけた。しかもかなり殺気立ち、しかも切羽詰った表情で。
抗議行動(?)真っ最中に口元を隠し、声を潜めて背を屈め、人だかりから抜けようとしているその様は、明らかに怪しかった。
シャドウは自身のセンサーを作動させ、電話の内容を傍受してみた。
<何だと。犬がやられてた!?>
<刺し傷だ。心臓を一突きだ>
<あの女の仕業か!?>
<何とも言えん。何せ、血だまりが残っている。奴ならこれを放っておくまい>
電話の男はチラリとシャドウを見ると、
<分かった。こっちはもっと派手に騒いで注意を引きつける。頼むぞ>
そこで会話は途切れた。電話が切れたのだ。
犬が心臓を一突きされ殺されていた。
時間を考えるとシャドウ自身が先程殺した猟犬だろう。あの女とは生命力が感じられなかった、あの小柄な少女の事に違いない。
確かに彼女は明らかに普通の人間ではなかったが、それをここまでして追いかけてきたとは。一体どういう理屈なのだろう。
『な、何だ、そこにいるデカブツは!?』
スピーカーで拡大されて割れた音が響いた。
その「デカブツ」が自分の事を指しているのは容易に察しがついた。さっき電話で「注意を引きつける」と言っていた人物の声だったからだ。
シャドウは自分に周囲の視線が集まる中、ゆっくりと出入口に近づいた。
「自分は御覧の通りの機械体。シャドウと呼ばれている」
別段気負った様子もなく、できる限り穏やかな印象を与えるように話したつもりだ。だがその男は、
『ここは人間が住む世界だ。そこへ貴様のような奴がのこのこ出てくるんじゃない!』
彼の言葉を最後まで聞かず一喝する。
だが、これには町の人間が鋭く反応した。
「何だと!? シャドウはいい奴だぜ!!」
「そうだそうだ! この町の英雄だぞ!」
「そこらの奴よりよっぽど信用できるぞ!」
町の外と中で人々が睨み合う。その様子はまさに一触即発という形容が相応しい程だ。
これらを止めねばならない警備員までが睨み合いに参加している始末では、すぐ収まりそうにもない。
だが肝心の「言い出した男」はこっそりと人垣から抜け出ようとしていた。耳に当てているのは携帯電話。
<見つけたのか!?>
<逃げ場がないよう追い込んだ。これで奴はおしまいだ>
<その女を掲げて見せれば、宣伝効果は抜群だな。生死は問わん。成功させろよ>
盗聴した内容を聞いたシャドウは、人垣をジャンプして飛び越えると、そのまま低いビルの壁を蹴って更に上昇。建物の影に消えてしまった。


「この辺りが怪しい筈なんですけどね……」
そう言って路地裏を歩いているのは、魔界治安維持隊人界分所所長のナカゴ・シャーレン。後ろにはコーラン達が続いている。
「ナカゴ。くどいようだけど、任務は確保で抹殺じゃないからね」
コーランは、自分達の正体を知るナカゴにバスカーヴィル・ファンテイルの任務内容をくどくどと言い聞かせている。
「分かってます、サイカ先輩。任せて下さい」
コーランは呼ばれたくないファーストネームを呼ばれて渋い顔になると、
「急いでね。そのノスフェラトゥとやらが目当てなのは、他にもいるみたいだから」
さっきもあからさまに怪しい人影と接触しそうになったのである。
殺気立っていた上にかなり好戦的な様子を見たコーランが、無駄な戦いを避けるためにわざと迂回するコースをとったのだ。
「けどよぉ。そのノス……ナントカは普通地下に潜ってんだろ? こんな地上をウロウロしたって見つかんねぇよ」
最後尾をとろとろと歩くバーナムが、退屈そうにあくびをしている。
「さっき確認しましたが、地下には結界が張られているみたいですね。その結界内であるここでは、地下に行く事はできないでしょう」
クーパーも周囲を警戒しつつ歩いている。
先程のような「何者か」はもちろんの事。ノスフェラトゥにも襲われないとは限らない。
コーランがナカゴに念を押しているように、今回の任務は抹殺ではなく確保。無用な戦いはできる限り避けねばならないのだ。
「おねーサマ……」
セリファは早くも恐がって、グライダにピッタリとしがみついている。そのグライダも相手が吸血鬼という事もあって、左手に宿る聖剣・エクスカリバーをすぐ実体化できるようにしている。
だが、頼れるナカゴの情報でも、今だ目標のノスフェラトゥを発見できない。
やむを得ず、一行は分散して探す事にした。

<To Be Continued>


文頭へ 進む メニューへ
inserted by FC2 system