「Baskerville FAN-TAIL the 2nd.」 VS. D.B.
「バンビールさーん。お届け物でーす」
その声が聞こえるが早いか、猛スピードで玄関へ走ってくるグライダ・バンビール。
「ハ、ハンコ。お願いします……」
既にグライダの手にはハンコが握られており、受取証にポン、とハンコを押した。
「……毎度どーもー」
宅配員が荷物を置いて去った。
一秒。
二秒。
三秒。
「……やっと。やっと来た……」
嬉しいのと笑い出しそうなのを無理矢理押さえ込み、すぐ近くの電話に手を伸ばした。
「? おねーサマ、どーしたのかなぁ?」
「さぁね。グライダに聞いて」
その光景の一部始終を見ていた、妹のセリファ・バンビールと同居人(というのはちょっと違うかも知れないのだが)のコーランが言った。


世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。
ここにも、朝はきちんとやってくる。
同時に、面倒な騒動までやってくる。
平穏な日は、一日としてなかった。
この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。
だからこそ、ここへ来れば——どんな職種であれ——仕事にあぶれる事はない、とまで云われている。


それから小一時間ばかりが経ち、彼女の家に、一人の男がやってきた。
「あ、クーパー。いらっしゃい」
略式の神父の礼服を着込んだ優男——オニックス・クーパーブラックが、応対に出たグライダに軽く会釈をし、
「ボクに、何の御用なんですか?」
神父らしく、丁寧な言葉遣いでそう訪ねる。
「待ってたのよ。あたしじゃぜ〜んぜんダメでさぁ……」
グライダが続きを話そうとした時、彼女の脇をセリファが通り、クーパーに抱きついた。
「わーい! クーパー。おみやげは?」
期待感の詰まった瞳で抱きついたまま彼を見上げる。
背中にくくりつけられたグライダのぬいぐるみも、じっと彼を見つめる。
すると、彼はニッコリと笑い、
「わかっていますよ。はい。おみやげです」
左手にぶら下げている包みをセリファに見せる。セリファの顔に満面の笑みが浮かび、
「わーい。おみやげおみやげー!」
包みを両手で抱きしめ、小走りに奥へ駆けて行く。
実に、微笑ましい光景である。
「大変ね、クーパーも」
少々同情気味に苦笑したグライダを見て、
「御心配には及びません。ボクが好きでやっている事ですから」
澄ました笑みで答えるクーパーだった。
「あら、オニックス。来たの?」
彼の姿を確認したコーランが声をかける。
「おじゃまします、コーランさん」
コーランに向かって軽く会釈をした後、
「ところで、グライダさん。ボクを呼んだ用事というのは、一体何なのですか?」
「……あ。話し忘れてた」
セリファの乱入で話すのをすっかり忘れていたグライダ。
「ま、とにかくあたしの部屋に来てよ。その方が早いから」
「あ……。そう、ですか」
案内されて、彼女の部屋へ通される。
ガチャッ。
ドアを開けると、そこに一人の男が。
「ああ。やっと来たか、グライダ」
床にあぐらをかいて座り込み、ぶ厚い冊子をのぞき込んだままその男は言った。
グライダは無表情のままその男の胸ぐらをつかみ上げると、押し殺した声で、
「どっから入った? おまえ……」
彼は無言のまま開け放した窓を指さすと、
「……そこは『窓』だ。次からはちゃんとドアからこーいっ!」
胸ぐらをつかみ上げたまま逆の手で彼を殴り飛ばした。
小柄な彼の体は、彼が入ってきた『窓』から外へ飛び出していった。
「……次が、あるのでしょうか。いや。彼の事ですから、ありますね。きっと……」
ポツリと、クーパーが言った。
今度はきちんと『ドア』から入ってきた彼、バーナム・ガラモンドは、持っていたぶ厚い冊子をクーパーに渡した。
「まっさかさまに落ちて、よく無事でしたね、バーナム」
「ダテに、武闘家は名乗ってねーからな。受け身ぐれー簡単簡単」
殴られたショックを毛ほども見せず、バーナムが笑ってみせる。
「……でしたら、殴られずにかわすか避けるかできたのではないですか?」
クーパーは、彼が見ていた冊子をパラパラと眺めながらそう尋ねた。
「……なるほど。このミニコンポのビデオ端子を繋いでほしいわけですか」
「そーなのよ。あたし、こーゆーの弱くってさぁ」
ハッハッハ、と乾いた笑いを浮かべながらグライダが言った。
「弱いくせに、こんなモン買うから……」
「電卓も満足に扱えん機械オンチのあんたにだけは、言われたくなかったわ」
バーナムを見ながら溜め息をつく彼女。
「これはね、レコードとテープとCDとMDを従来よりクリアで迫力あるサウンドで聞けて、テレビと繋げればビデオやLDやDVDだってすっごくきれーに見られるのに、たったのごまんろくせんEM(えむ)とくれば、買わないわけないでしょ?」
取説を見ながら真剣な眼差しで説明するグライダ。
ちなみにEMとはこの世界共通の通貨単位で、日本円に換算して約一円である。
「このテレビと繋げればいいんですか?」
いくつかのビデオ端子を手にしたままクーパーが彼女に尋ねる。
「あ、ちょっと待って。ゲームが出来る様にもしておいて」
そう言ってから、思い出した様に、
「あ。あと、衛星放送のチューナーにも繋げてほしいんだけど……」
と続けた。
「それですと……」
端子をチェックしていたクーパーが彼女にそう言った。
「ビデオ端子が足りませんね……」
「ややっこしいのはヤだから、任せる」
そんなの聞きたくもない、と言わんばかりにグライダが言った。
「そうしますと、買って来なければなりませんね……」
「は〜い。セリファがお買いものに行くぅ」
おみやげのお菓子を片手に、セリファがにこやかに手を上げながら言った。
「では、セリファちゃんにお願いしましょう」
クーパーはメモ帳に素早くペンを走らせ、ピッと器用に紙を切り離し、彼女に渡した。
「表通りのオーディオショップへ行って、店員さんにこれを見せるんですよ」
「はーい」
素直に返事をするセリファ。
「……コーラン。立て替えといて、お金」
グライダが彼女の肩を叩いてポツリと言った。
「……自分で出しなさいよ、グライダ」
呆れ顔のまま、コーランが呟いた。
「いいじゃない、それくらい」
「ダメ」
「……ケーチ」
仕方なく、自分の財布からお札を出す。
「はい、セリファ。早く買ってきてね」
「はーい。おねーサマ」
貰ったお札をきちんと四つにたたんでから、首から紐で吊るした財布に入れ、しっかりと口を閉じる。
「じゃあ、行ってきまーす」
グライダに向かってそう言うと、元気よく駆け出していった。
「……クーパーよぉ。てめーで買ってきた方が早くねーか?」
バーナムが、道路の真ん中で転んで泣きそうになっているセリファを窓から見下ろしてボソッと言った。
「セリファちゃんが買ってくる端子がなくても、ある程度は繋げられますからね。そのぐらいはやっておかないと……」
端子を繋ぐ作業を続けながらクーパーが答える。
「……さて。えーと。グライダさん。すみませんが、ハサミかニッパーを取って戴けませんか?」
「……え。あ、はいはい」
そう言いながら、机に置かれたハサミをポン、とクーパーに手渡す。
「あと、ドライバーも……おや?」
「どうしたの、クーパー?」
首を傾げたクーパーを見て、急に不安気な表情を浮かべるグライダ。
「……」
無言のまま配線を見ていたクーパーだったが、急に繋いだビデオ端子を外し出した。
「ど、どーしたの、クーパー!」
「わかった。間違えたんだろ?」
ちゃかす様なバーナムの口調に、別に腹を立てた様子もなく、クーパーが言った。
「一つお聞きしておきますが、これは、グライダさんお一人で運ばれたのですか?」
「軽かったから一人で運んだけど、それとこれとどういう関係があるわけ?」
不思議そうな顔でそう答えるグライダ。
バキン!
何を思ったか、ドライバーの柄を、チューナーのディスプレイめがけて叩きつけ、壊してしまったのだ。
「な、何するのよ、クーパー!」
突然の彼の行動に驚き、掴みかかろうとするグライダを制し、
「ボクが壊した所を、よく御覧になって下さい」
その余りに真剣な表情に、さすがに怒りをこらえてよく見てみれば、ディスプレイが完全に砕けたそこから見える内部の機械配線は、機械素人のグライダや、機械オンチのバーナムでも「お粗末」とわかる位で、先にグライダが述べた機能があるとはとても思えなかった。
「……ど、どーゆー事。これ」
「オレに聞くなよ」
バーナムが口を尖らせる。
「あんたに聞いてないわよ」
すぐさまグライダがきつい口調で返す。
「まさかとは、思っていたのですが……」
深刻な表情でクーパーが呟く。
「まさかって、どういう事なの、クーパー?」
真剣な顔でグライダが尋ねる。
バーナムも彼の次の言葉を待つ。
「ここ数日、宅配便の中身、特に電化製品が粗悪品にすり替えられている事件が、立て続けに起こっているんです」
驚く二人を見つめ、更に続けた。
「発送する店も宅配会社も『異常はない』と言っていますが、こうして事件は起こっていますから、どちらかが嘘をついているか、この二つの店を取次ぐ所が原因と考えるのが自然かと思いますが……」
そうクーパーが説明する。
「それに、いくらグライダさんでも、本来なら10キロ以上ものミニコンポを『軽々と』は運べないでしょう」
「なるほど……」
グライダも素直に納得する。
「ボクが考えていたよりも、事態はずっと深刻になっている様ですね……」
クーパーが腕を組んで何やら考え込む。
「事情はともかく、これをやった奴ぁぜったいに許さないからね……」
バーナムとクーパーの背筋も凍る様な、グライダの声だった。
「……あいつ、目がマジだぜ」
「……犯人の方に、同情します」
そう呟いて肩を落とす二人だった。


「……ったく、あのガキ。ど〜こまで買い物行ってんだよ」
バーナムが悪態をつく。
日も傾きかけたというのに、ビデオ端子を買いに出たまま、セリファは戻って来ていない。
彼女の足でも、そのオーディオショップまでは、十分もあれば楽に往復できる筈なのである。
「確かに、いくら何でも遅すぎますね。何かあったんでしょうか?」
クーパーが、出されたお茶を一口飲む。
「何かあったって……」
グライダが力なく呟く。
「……誘拐か何かされたんじゃ? あの子結構可愛いから、ロリコンの変態オヤジにでも目ぇつけられて……」
そう言いながら、彼女の手が小さく震える。
「それで、無理矢理連れてかれて、裸にされて、メチャクチャにされて、ボロボロになっちゃって……」
グライダの妄想は、どんどん怪しく、そして危険な方へイッてしまっている。
「あ、あの。グライダさん。それは、いくら何でも話が飛躍しすぎでは……」
呆れつつも声をかけるクーパー。しかし、グライダは、小声でブツブツ呟きながら自分の世界に入ってしまっている。
「……何処からそーゆー考えが出てくるんだか」
バーナムが珍しく冷静な態度で呟く。
「……私が、探してみようか?」
今までずっと黙っていたコーランが口を開いた。
「悪魔の私なら、普通の人間よりも行動範囲が広いし……」
「『探査』の魔法でも使うのですか?」
クーパーがすかさず尋ねた。
「それなら、さっきやったわ。だけど、それでもわからなかった。有効範囲の外にいるか、魔法の効かない場所にいるか、そのどちらかね。きっと」
力なくそう答えたコーラン。
「有効範囲って、どの辺りまで?」
真剣な顔でコーランに尋ねるグライダ。
「ここを中心とすれば……オニックスの教会の辺りが入るか入らないかってトコね」
と、妙に冷静な口調で答える。
「とりあえず、何か行動を起こそう。ここでくっちゃべってたって、セリファは見つかんねーしな」
パン、と右拳を左手に叩きつけた。
「しかし、ボク達四人では、人手が足りませんよ。何とかならないものでしょうか?」
「心配いらないわ、クーパー」
グライダが、自信あり気に言った。
「『親衛隊』に頼めば、十人二十人すぐに集まるわよ」
「親衛隊?」
三人がすっんきょうな声を上げた。

<To Be Continued>


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