「Baskerville FAN-TAIL the 19th.」 VS. Caslon
「……また来てる」
手紙を取りに行ったグライダ・バンビールが、しかめっ面のまま一通の封筒をテーブルに放り出した。
その封筒には重厚なイメージのある紋章とともに、凝ったデザインの文字で『ブロードウエイ総合大学・魔法学科』と、差出人の名前が印刷されてあった。
「ああ。ここね」
グライダの同居人・コーランもその封筒を手に取る。透視するつもりはないが、何となく封筒を透かしてみると、
「たぶん、またあの子の勧誘かな」
「でしょうね」
二人揃って嬉しいような、困ったような顔でその封筒を見つめ、その封を切った。


世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。
ここにも、朝はきちんとやってくる。
同時に、面倒な騒動までやってくる。
平穏な日は、一日としてなかった。
この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。
だからこそ、ここへ来れば——どんな職種であれ——仕事にあぶれることはない、とまで云われている。


ぴんぽーん。
そんな時。いきなり呼び鈴が鳴った。立ち上がろうとしたグライダだが、コーランは、
「私が行くわ」
彼女は手を振って玄関に向かう。その間にも一定の間隔で延々と呼び鈴は鳴り続けている。
「……一回鳴らせばわかるわよ」
うるさそうに小さな声で呟くと、コーランは一気に扉を開けた。
「セリファ・バンビール! 勝負だ!!」
開いた瞬間飛び込んできた子供の声。フード付のマントを着込んだ、十代半ばの男の子だ。
「凄腕の魔法使いとの噂を聞いてやってきた。正々堂々勝負だ!」
まるで探し求めた宿命の相手に向かって吐くような、雄々しい言葉。
だが。強気な目で男の子が睨みつけているのはセリファではない。コーランである。
いきなりの事に、さしものコーランも一瞬ぽかんとしている。
「どうした、臆したのか!」
男の子の声に、コーランは盛大に溜め息を一つつくと、
「……私の名前はコーラン。セリファじゃないわよ」
「だが、その魔力は明らかに常人とは違う。本当に貴様ではないのか?」
疑わしげにコーランを見上げる彼。彼女はさらりと、
「私は魔族だから」
生まれつき「魔法」という奇跡の力を操る事に長けた種族で、元々はこの世界の住人ではない。魔族であれば常人と違う魔力を持っていて当然である。
しばし空白の間が開くと、その男の子は、
「……では、その後ろにいるのがセリファ・バンビールか?」
男の子が指さしたコーランの後ろには、グライダがやって来ていた。
男の子の声に、グライダも盛大に溜め息を一つつくと、
「セリファはあたしの妹。今はでかけてていないけど」
自分がセリファだと言われ、淡々と返事をするグライダ。
「……変な感じがするが、貴様は魔法使いではないな」
実は、グライダは魔法が効かないという、言わば特異体質の持ち主。見る人が見れば一目瞭然なのだ。
それがわかるという事は、この男の子見た目の割に魔法使いとしての実力はあるようだ。
グライダの顔をじっと見つめていた男の子はそう言うと、済まなかったとばかりに無言で頭を下げた。
しかしすぐさま偉そうに胸を張ると、
「では、セリファ・バンビールを出してもらおう。そいつに用がある」
「セリファがどーしたの?」
男の子の後ろから幼い女の子の声が。
びっくりして振り向いた彼の目に写ったのは、自分より少し年下に見える女の子。
「貴様が……セリファ・バンビール?」
「うんっ」
彼女は元気よくうなづいた。


その男の子がぽかんとしてしまったのは、無理ない事かもしれない。
見た目は十才ほど。だが、その女の子から感じる魔力の量は半端ではない。その魔力は何千年も生きる魔族——魔王と呼ばれる者達に匹敵するやもしれぬからだ。
その量たるや、魔物や亡霊などを遠慮なく引きつけそうな程だ。実際そういった存在は強力な魔力に引かれてやってくる事も多い。
セリファだと言った彼女にはそういう雰囲気はないし、この建物に強力な結界が張られている様子もない。
家の中に案内され、茶を出されるまで周囲を観察して得た情報から、怪しさはないと判断せざるを得なかった。
「俺はキャスロン・ブロードウエイ。見ての通り魔法使いだ」
三人が自分を見つめているのに気づいて急に偉そうに胸を張ると、朗々とそう名乗った。
「ブロードウエイ? もしかして、ブロードウエイ総合大学と、何か関係が?」
グライダの問いに更に偉そうに胸を張ると、
「俺の先祖はその創設者。我が家は代々そこの教授を勤めている。俺はその直系の子孫。こう見えてもエリートだ」
偉そうに語るキャスロンを見て、グライダは不信そうに見つめている。
元々「偉そうな態度の奴にロクな奴はいない」と判断しているからだが。
「……で。セリファと勝負? 私は人界のルールはよく知らないけど、魔法使い同士で決闘とかって、していいの?」
コーランがマントの下で腕組みしてそう訊ねる。キャスロンは鼻息も荒く詰め寄ると、
「良かろうが悪かろうが、そんな事はどうでもいい」
「どうでもいいなら、何で?」
おうむ返しにグライダが訊ねる。
「爺さんや父さんは、しょっちゅうこいつの事を話題にしてるんだ。だから、どんな奴か知りたいと思った。それには戦ってみるのが、一番早いだろ」
実はこう見えても、セリファは周辺の魔法学校から一目置かれる存在だ。
人間とは思えぬ桁外れの魔力は間違いなく興味の的であるし、学力という意味での頭の良さも、実はかなり高い。
まさにダイヤの原石とは彼女のための形容詞だ。そのため魔法学校各校から勧誘がきている。そのブロードウエイ総合大学もそんな学校の一つなのである。
そんな状態を知ってか知らずか、セリファの方はマイペースを貫くかのごとく町での暮らしを楽しんでいる。
「つまり、セリファより自分の方が実力があると、お爺さんやお父さんに認めてほしいわけだ」
キャスロンの微妙な表情に、グライダがつまらなそうに言った。
口では何のかんの言っても、結局は親に認めてもらいたい。他人より自分を見てもらいたいという理論。
簡単に言うなら「親を独占したい」だけ。
弱い者いじめをしに来るよりはずっとましだが、それでもいきなり訊ねて来た理由にしては幼稚である。そう判断したのだ。
案の定、キャスロンは一瞬言葉に詰まると、
「そ、そんな事はどうでもいいだろ? 勝負するのか、しないのか?」
彼のその提案に、
「一人でやってれば?」とグライダ。
「止めといたら?」とコーラン。
「いたいのはやだなー」とセリファ。
もちろん、キャスロンが怒ったのは言うまでもない。
「やる気あるのか、貴様らっ!」
ドンと激しくテーブルを叩いて抗議する。
「やる気と言われてもねぇ」
興味なさそうに伸びをしたグライダが「よっこいしょ」と重そうに腰を上げると、
「そもそも何を以て『強い魔法使い』って決めるの?」
キャスロンの顔を覗き込むようにして訊ねる。
確かにグライダの疑問はもっともである。
魔力の多い方が強い?
強い魔法を知っている方が強い?
数多くの魔法を知っている方が強い?
そもそも「勝負」と言っても、魔法使いではその方法に悩む。
剣士同士なら木刀でも使って正面から打ち合えばいい。
だが魔法使いはそうもいかない。実際に魔法を使って戦ったら、本人達以上に周囲が危ない。下手をすれば周囲の地形や生態系が変わりかねない。強力な魔法なら、そのくらいの力は充分ある。
キャスロンとコーランは頭を抱えて悩んでいた。
彼は「どうやって戦ったらいいか」を。
彼女は「どうやったら戦わずに済むか」を。
内容は正反対だったが。
「そもそも『魔法使い』っていうのも、よくわからないわよね。魔法が使えればみんな魔法使いって訳?」
グライダが続けて質問を発する。
確かに魔法が使えれば「魔法使い」と呼んでいいかもしれないが、中には魔法が使える剣士もいるし、一般に「僧侶」と呼ばれる人達も「魔法」を使う事ができる。
だがどちらも「魔法使い」と呼ばれる事はまずない。
これにはキャスロンはもちろんコーランも即答できなかった。
何も考えていないセリファを除く一同は、更に頭を悩ませ考え込む。三人寄れば文殊の知恵、という諺があるが、こればかりは三人集まってもいいアイデアが思いつきそうにない。
「ねーねーおねーサマ。クーパーに聞く?」
セリファがグライダの服をくいくいと引っ張る。
クーパー。本名オニックス・クーパーブラックは、この町に住む神父にして剣士。
様々な知識を豊富に持ち合わせた人物なので、困った事があるとよく相談しに行くのだ。
「何者だ、そのクーパーというのは?」
当然それを知らないキャスロンが訊ねる。
「……しょうがない。クーパーに頼もうか」
グライダもさっきよりは軽々と重い腰を上げた。
「だから、クーパーというのは何者なんだ!?」
無視されたキャスロンが声を荒げた。


結局「ついてくれば判る」というので、ブツブツ文句を言いながらもキャスロンはグライダ達についていった。
一同が向かったのは、クーパーの教会が建つ町外れ。幸いにしてクーパーは教会の前にいた。
「どうかしましたか、お揃いで。おや、そちらの方は……」
めざとくキャスロンを発見したクーパーが話しかけようとすると、
「俺はキャスロン・ブロードウエイ。見ての通り魔法使いだ」
例によって胸を張って答える。
「そうですか。ボクはこの教会の神父を勤めるオニックス・クーパーブラックと申します」
クーパーは丁寧に挨拶をする。
「ところで、お揃いで来た用件は、何なのですか?」
「俺と、このセリファとかいう奴と、どっちが強い魔法使いか決めるためだ」
キャスロンが胸を張ったまま元気に答える。すると、クーパーは困った顔になり、
「……そうですか。しかし即答できる問題ではありませんね」
帰ってきた答えに、案の定キャスロンが食ってかかった。
「……言っておくけどな。どう見たってそこまで困るもんじゃないだろ!」
怒りのあまり語気が荒くなる。そのままの勢いで、
「こう見えても俺は、基本的な魔法ならほとんど使う事ができる。魔力の量の差は仕方ないと思うが、それでもそれ以外の部分ならこいつに負けないだけの実力と自信はある!」
目を三角に釣り上げ、びしりと言い切ったキャスロン。
ところが、その迫力ある言葉に全く動じた様子を見せていないクーパーは、
「なるほど。実力と自信はある、と」
意味ありげに言葉を切ったまま。黙ってキャスロンを見つめる。
「ああ」
穏やかに見つめられ、それでも強気な態度を崩さない彼に、クーパーは思いがけない事を言ってきた。
「では、ここはテストをしてみましょう」
数分後。セリファとキャスロンは、礼拝堂中央の通路を挟んで隣同士に座らされた。
そして、二人の手にはスケッチブックと黒の太マジック。
まるでバラエティ要素の強いクイズ番組の解答者である。
「なぁ、何でこうなるんだ?」
キャスロンの文句に、クーパーは平然としたままで、
「テストですよ。それでどちらが上かを決めたいと思います」
彼はそのままキャスロンに向かって、
「一概に『強い魔法使い』と言われても、その基準は人それぞれです。ですから、ここはボクなりの考えと判断でどちらが上かを見極めようと思った訳です。そのためのテストです」
自分と同じ考えという事で、グライダもうんうんとうなづく。
魔力の多い方が強い?
強い魔法を知っている方が強い?
数多くの魔法を知っている方が強い?
判断基準はいろいろあるが、どれも正しく、また正しくないように思えるのだ。
それは、魔法というものが得手不得手の分野に極端に個人差が表れる。
例えば、炎の魔法が得意な術士と氷の魔法が得意な術士とを比べて、どちらが強いかなど、判断できる訳もない。
キャスロンも不承不承その提案を飲む事にした。ちなみにセリファは何も考えてない。
そこに、ドンドンと戸を叩く音が。
「よぉ、たかりに来たぜ〜」
悪びれた様子のない声がして、戸が開いた。
「……バーナム。堂々と『たかりに来た』はないでしょう」
クーパーがバーナムと呼んだ彼——武闘家のバーナム・ガラモンドは、ボサボサ頭をバリバリ掻きながらずかずかと入ってくる。
続くように彼の後ろから入ってきたのは、身長が二メートル近くある大男。全身をブラックメタリックな鎧に包んでいるが、人間ではない。
戦闘用特殊工作兵のロボット・シャドウである。シャドウの方は周囲を観察し、
「客人の様だな」
短く言うと、邪魔にならないように隅の方へ歩き、立ち止まった。その発言でキャスロンの存在に初めて気がついたバーナムは、
「……何してんだ、お前ら?」
不躾な目でジロジロ見られているキャスロンは、
「それはこちらのセリフだ。お前のような野蛮人に用はない」
汚い物を見るような目でバーナムを睨みつける。バーナムは彼のその態度を平然と受け流すと、
「だから何なんだよ、これ」
グライダはバーナムに事の次第を説明した。だが彼は、説明の半分も聞かないうちに、
「……うん。こいつの負け。決定」
無遠慮にキャスロンの頭をポンポンと叩く。さすがにその態度にはキャスロンも、
「それをこれから決めるのだ。お前が勝手に決めるな、野蛮人が!」
嫌悪感剥き出して歯向かってくる。
一瞬殺気にも似た緊張が走ったが、意外な事にバーナムの方から折れた。
「じゃあとっとと決めて、恥をさらして帰ってくれや」
バーナムは長椅子にごろりと横になると、
「あと、ついでにメシもよろしく」
面倒くさそうに手をひらひら振ると、投げやりにそう言った。
その態度にカチンときたキャスロンではあったが、勝敗を決める方が先だと思い直し、
「では始めてくれ」
バーナムの乱入で中断していたが、早速テストが始まった。

<To Be Continued>


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