「Baskerville FAN-TAIL the 18th.」 VS. Lich
「グライダ、電話よ。傭兵ギルドから」
同居人のコーランはグライダ・バンビールに向かって受話器を差し出した。
そのグライダは、差し出された受話器を無造作に受け取った。
彼女は周囲からは「美少女剣士」「魔剣使い」の異名を取る、傭兵ギルド所属の剣士である。
“傭兵”ギルドと言っても、戦争をする事が彼女達の仕事ではない。何かの警備や護衛。もしくは解決に武力が求められる場合、必要に応じて人材が派遣される。
そんな組織に属する彼女が、眠そうな顔で電話に出る。
電話の相手は、その傭兵ギルドの長だった。話が進んでいくうちに、グライダの顔から眠気が吹き飛んでいく。
「……分かりました。すぐ行きます」
険しい顔で電話を切ると、自分の部屋に飛び込んだ。それから十分と経たぬうちに着替えを済ませ、部屋を飛び出るとコーランに向かって、
「あ、あたし朝ごはんいらないから!」
グライダはそう言うと大急ぎで家を飛び出していった。
「おねーサマ。どこ行ったの?」
グライダの妹のセリファ・バンビールが、トーストをもしゃもしゃ噛みながらコーランに尋ねる。
コーランの手には、グライダの分のトーストがあった。
「さて。傭兵ギルドに呼ばれたみたいだけど」
そう答え、そのトーストをパクリとかじった。


世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。
ここにも、朝はきちんとやってくる。
同時に、面倒な騒動までやってくる。
平穏な日は、一日としてなかった。
この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。
だからこそ、ここへ来れば——どんな職種であれ——仕事にあぶれることはない、とまで云われている。


『グライダ。悪いが急ぎの仕事だ。しかもお前さんが一番適任だと言ったら、指名してきたよ』
「あたしを指名? どういう事ですか?」
『敵がアンデッド・モンスターなんだとさ』


通りを走り続けるグライダの手に、剣は握られていない。腰にもない。
彼女の剣は、普段は存在しないのだ。彼女が望んだ時に、その手の中に現れる。
右手からは、世界の総てを焼き尽くすと云われる炎の魔剣・レーヴァテインが。
左手からは、遙か昔の王が持っていたという伝説がある光の聖剣・エクスカリバーが。
だが彼女が持つ物は、いわばコピー品。本物ではない。どちらも、だ。
しかしコピーといってもその力は本物と寸分も違わない、という意味での命名だ。
この世界では、魔剣を使う事は決して卑怯とされない。優れた剣ほど使い手を選び、優れた使い手ほど剣の威力を最大限に引き出せるとされているからだ。
それでも、一介の剣士がそんな凄い魔剣を二振りも所有しているのは、珍しいというレベルではないのだが。
グライダの家から傭兵ギルドの事務所までは、さほど遠い距離ではない。懸命に走ってようやく着いたグライダは、さすがにその入り口で息を整える。
女性という事で筋肉らしい筋肉がついていないグライダではあるが、それでも剣士が勤まる筋力はあるし、自分なりに鍛えている。
それでも家からここまで走ってくれば、かなり体力を消耗するのは当然だ。急いで来いと言われていたが、グライダはちょっとやりすぎたかと少し後悔した。
事務所に入ったグライダはまっすぐ長の部屋に向かう。ドアをノックすると中から「入れ」と声がした。
そこには長ともう一人。ローブで全身をすっぽりと覆った典型的な魔術師姿の人物がいた。
「紹介しよう。彼女がグライダ・バンビール。こちらの魔術師が……」
「ドリュー・イマリュウ。ネクロマンサーだ」
長の言葉を遮って、魔術師が淡々と名乗った。その言葉にグライダの顔が一瞬曇る。
ネクロマンサーとは、死体や死霊を使う魔術師の事だ。ゾンビやスケルトン、ゴーストなどのアンデッド・モンスターを作り、使役する。
もっとも、アンデッド・モンスターはネクロマンサー以外の者も使う事がある。ゾンビやスケルトンを作る方法自体は比較的初歩の魔法だからである。
だが、霊や死体に対して畏怖の念があるのは何処の国も大差ない。だから魔術師本人はもとより術そのものが忌むべき存在とされている。
そのためだろう。一応平気そうな顔をしている長も、実はかなり怖がっていた。
「私の仕事を手伝う剣士とはお前か」
すっぽりと被ったフードの奥にある表情は読み取れないが、声はかなり若い。しかも女だ。おそらく同年代か、それ以下っぽい。
グライダは堂々というよりもむしろ対抗意識丸出しの気持ちを笑顔でどうにか隠すと、
「グライダ・バンビールです。あたしに頼み事とは一体なんでしょうか?」
何となく二人の間で火花が散ったような錯覚を覚え、長が止めに入った。
「ここで暴れるのは勘弁してくれよ」
その口調は冗談半分だが、長の発した殺気を敏感に感じ取り、それ以上の衝突は止んだ。
「ドリュー殿。詳しい説明をお願いする」
長の言葉を受けて、ドリューが口を開く。
「依頼内容は単純だ。我が師を止めるのに手を貸せ。それだけだ」
必要最低限の事を淡々と話すドリュー。本当に必要最低限すぎて説明になってない気もするが。
しかし。自分の師匠を止めるとは、奇妙な依頼である。グライダと長がその疑問さに首を傾げていると、
「駒が思考を持つとロクな事にならん。ただ私の命令に従えばいい」
その言い草に、グライダが言い返す。
「あんたね。それが人に物を頼む時の態度?」
さすがに殴りはしなかったものの、完全に眼が座って不機嫌な応対になる。依頼人がこういう頭ごなしな言い方で来れば、怒るのも無理はない。
「剣士など、魔術師の護衛以外に何の価値もない。呪文を唱える間の盾が欲しいだけだ」
言い方は悪いが、パーティを組んでいる者達ならば、そういう戦法を取る事も珍しくない。
そもそもパーティにおいて魔法使いは頭脳労働全般を受け持つものだ。各種謎解き。敵と出会った時の戦術・戦略。そういった事を一手に引き受ける、いわば参謀役なのだ。
だがそれは信頼関係のあるパーティだからこそだ。
初対面の人間にここまで言われて笑って許せるほど、グライダは人間ができている訳ではない。むしろ「堪忍袋の緒が切れた」という状態である。
右手に一瞬赤い光の玉が出現するとそれは瞬く間に伸びて、飾り気のない一振りの両刃の剣になった。
これがグライダが所有する魔剣・レーヴァテインである。その切っ先をドリューの顔面に突きつけ、
「長には悪いけど、この仕事キャンセルさせてもらうわ。『剣士は魔術師の護衛以外価値がない』? そんなふざけた寝言は寝てから言ってちょうだい!」
「ふざけてなどいない。私は真剣だぞ」
熱くなりかけてるグライダに、相変わらず真面目な表情で冷淡なドリュー。それを止めたのは長だ。
「やめろ、二人とも」
誇張抜きで二人をぐいと引き剥がす。
「グライダ。依頼は依頼だ。アンデッド・モンスター相手なら、お前のその剣が一番頼れる」
それからドリューに向き直ると、
「魔術師には魔術師の。剣士には剣士の価値観ってモンがある。説明するならまだしも、それを他に押しつけるのは、感心できる事じゃないですぜ、頭のいい魔術師さんよ」
皮肉を交えた正論過ぎる正論にドリューの方も黙り込む。
「魔術師だけじゃできない事もある。だから依頼に来たんだろ、嬢ちゃん」
経験から来たであろう言葉。その言葉にしばし黙っていたドリューは、
「……仕方あるまい。特別にこの女を雇う。いいな、女」
「女ってねぇ。あんたも女でしょ。それに、あたしはグライダ。女じゃない」
また二人の間で火花が散りそうになる。
「お・ま・え・た・ち」
長の声が一オクターブ低くなり、さっき以上の殺気がこもる。
その声を聞いた二人はすぐさま黙り込んだ。


現場へ行く道すがら、ドリューは仕事の詳細を話してくれた。
ドリューの師匠(もちろんネクロマンサーだ)を止めるとは、ネクロマンサーの研究関係であった。
グライダを始めとする一般人は元より、ネクロマンサー以外の魔術師からも誤解されている事だが、ネクロマンサーの本業は「命」の研究なのである。
命とはどうやって生まれるのか。どうすれば失われるのか。そういった事を研究する、魔術師の分派だという。
そして、命を失わない方法——極端に言えば不老不死を模索するのが究極の目的らしい。
そのために霊や死体の研究は不可欠なのでそれらに触れる機会が多いが、それらを使役するのはあくまでも研究の副産物に過ぎないそうだ。
「師匠はついにその究極の目的『不老不死の方法』を手に入れ、儀式に入られた。その儀式は弟子の私にも見る事を許可されなかった」
傭兵ギルドでは言葉数が少なかったドリューも、だんだん冗舌になってくる。
だが、その内容は魔法には素人のグライダでさえ胡散くさがるものでしかなかった。
「そして、師匠はこう仰った。『もし自分が一週間経っても出てこなかった場合、屋敷一帯を破壊せよ』」
その師匠の頼みに、唖然とするグライダ。
「しかし、屋敷一帯を破壊って。そんなに凄い魔法があるの?」
「いや。一国の軍隊の保有量に匹敵する爆薬があるだけだ。それを使う」
ドリューがぼそっと答える。
この世界ではあらゆる銃火器は正規軍以外所持を認められない。だが爆薬そのものにはそういう規定はない。その爆薬のしまわれた場所まで行くのが大変なのだと言った。
しかし、これの何処に自分の護衛を必要とする部分があるのだろうか。グライダがそう考えたのは当然だろう。
だが、目的地(師匠の私有地である山)の入口まで来た時、何となく分かった気がした。
<私有地につき立入禁止>
その看板を守るかのごとく立っているのは骸骨である。しかも剣と盾を携えて。
「骸骨剣士ってやつね」
下手な戦士顔負けの剣の腕。疲れを知らない兵士である彼らが相手では、どんな剣士もてこずるだろう。
「……この骸骨、身構えてるんだけど」
いつでも戦えると言わんばかりの構えを見たグライダが、ドリューに冷ややかに問うた。
「門番だから当然だろう」
「そういう意味じゃなくて。師匠の身内であるあんたがいるのに、身構えてるって何?」
「だからお前を呼んだのだ、剣士」
ボソッと短く返答される。少しムッとしたグライダだが「女」よりは「剣士」の方がマシかもしれない、と思い直す。
「これじゃ近づいた途端斬られかねないし」
「待て。一応試してみる」
再びムッとしたグライダを無視して、師匠から聞いていた呪文を短く唱える。
だが、構えは解かれない。むしろドリューめがけ斬りかかってきたのだ。
その斬撃を間一髪で受けとめたグライダ。
手にしたレーヴァテインに骸骨の剣が触れた瞬間、その剣はあっという間に熱でドロドロに溶け、その余熱が骸骨に火をつけた。
アンデッド・モンスター共通の弱点・火。それも普通の炎より強力な火力。
触れただけであらゆる物を燃やし尽くす魔剣・レーヴァテイン。その魔力の本領発揮である。その威力には、さすがのドリューも目を丸くする。
この剣があれば剣技など必要ない。ただ触れさえすれば相手は自滅するのだから。
だがグライダはその剣の力に溺れず技も鍛えている。だからギルド内でも一目置かれているのだ。
もう一振りの聖剣・エクスカリバーもこの状況なら充分役に立つのだが、やはり利き手である右手から出るレーヴァテインをどうしても多用してしまう。
「どう? あたしのレーヴァテインの威力?」
グライダが得意そうにドリューをチラリと見る。だが彼女はふうとため息をつくと、
「たかだか骸骨一体で有頂天になるとは、大した魔剣だな」
さっき以上に無表情でボソッと答える。
「行くぞ、剣士」
ドリューは門を開けると、一人で勝手にスタスタと先へ行こうとする。グライダは慌てて彼女を追いかけた。


緩やかな山道を歩く二人。たまに遭遇するアンデッド・モンスター。
ドリューが師匠から教わったという「味方と識別させる魔法」が効かず次々襲ってくるのだが、全部グライダが倒していた。
もっとも、剣の刃が触れれば勝手に燃えてしまうので疲労はほとんどない。だが数が多くなればだんだんうっとうしくもなってくる。
「さっきから呪文効いてる様子ないんだけど」
「いつもはあの呪文で襲われないのだがな」
ドリューも首を傾げていた。本人は表情に出していないつもりだろうが、自分に理解できない事態だというのがバレバレである。
「呪文間違えてるって事はないの?」
「毎日のように使っているものを、そうそう何度も間違えるものか」
平静を努めているが、グライダの些細な言葉に敏感に反応しているのがバレバレである。
「じゃあどうして弟子であるあんたを敵とみなしてるのよ」
グライダは地面からぬっと出てきたゾンビを、間髪入れずレーヴァテインで叩き斬る。もちろんゾンビはあっという間に燃え上がった。
通常なら燃えながらでも襲ってくるが、レーヴァテインの火力なら燃え尽きる方が早い。傭兵ギルドの長が「お前のその剣が一番頼れる」と言ったのはそれが理由だ。
だが、腐った肉が燃える嫌な臭いだけはどうにもならなかった。
「しっかし。この臭いは勘弁してほしいわね」
グライダが鼻をつまんでドリューに訴えるが、彼女は考えに没頭しているらしくグライダの言葉を聞いていない。
「……やっぱりさ。あんたの師匠とやらに、何かあったんじゃないの?」
グライダの不思議そうなその言葉に、考えに没頭していたドリューが反応を見せた。
「だって。こういうアンデッド・モンスターって作った主人に絶対服従な訳でしょ? その絶対服従の主人の言う事を聞かないってのは、やっぱり変じゃない?」
「しかし。ここのアンデッド・モンスターは師匠が作ったもので、私が作ったものではないぞ」
「けど、作った師匠が『この呪文なら襲われない』って決めた訳だし。それが効かないんだから、やっぱり何かあったのよ」
グライダに対して見下すような態度ばかりとっていたドリューも、そこまで丁寧に言われれば、さすがに少しは殊勝に聞く気になる。
「剣士のくせに詳しいな」
「そりゃ、育ての親が魔族だったから」
同居人のコーランは、魔界に住まう魔族の出身である。だが、この世界では、こちらで言う「ただの外国人」程度の認識でしかない。
死んだ両親の親友でもあった彼女が、残されたグライダとセリファを育てたのである。彼女は「自分が親だ」と主張する事はただの一度もなかったが。
グライダは手に持ったままのレーヴァテインをすっとかざしてみせる。
「このレーヴァテインだって、元々はその魔族の人から貰ったものだし」
生まれつき剣士としての才能があるのだろう。きっとこういった事に向いているだろうと判断したコーランがポンとくれたのである。
「……ずいぶん豪快な魔族だな」
ドリューが珍しく驚いている。その表情はフードの奥でよく見えないが。
魔界に住む彼らは、魔法的な力はもちろん、平均的な肉体的能力も劣る人界の人間を見下す傾向が強い。
もちろん例外的な者も数多いが、そこまで気前よく魔法のアイテムをくれるとなると本当に少数派だろう。
グライダはレーヴァテインをすっと消すと、
「で、目的地はこっちでいいの?」
「あ、ああ、そうだ」
ドリューは生返事をして、再び考え込んでいた。
やがて道の向こうに見えてきたのは質素な作りの屋敷だった。大きさもさほどでもない。
「あれが、師匠さんのいるところ?」
「そうだ。そこで儀式を行なっている筈だ」
「じゃあさっき言ってた爆薬は?」
「屋敷の中だ」
二人で相談していると、地面がぐらぐらと揺れ出した。直後地面の下から飛び出してきたのは、一つ目の巨人・サイクロプスである。
「また? 地面からなんてワンパターン過ぎだってのっ!」
グライダが呆れつつも剣を出そうとすると、サイクロプスはそれよりも早く、持っていた金属製の根棒を振り下ろしてきた!
いくら何でもそれを剣で受けとめるわけにはいかない。重量差がありすぎる。
ガシィン!
思わず目を閉じてしまったドリューが恐る恐る目を開けると、目の前に自分をかばって立つグライダの姿があった。
しかもその手に持っているのは、彼女の身長ほどもある真っ赤な盾。盾を自分の全身を使って支え、根棒の一撃を防ぎ切ったのだ。しかも防いだだけでなく、熱で棍棒を少し溶かしてもいる。
「あんたはここにいなさい!」
グライダがそう言うと、盾はあっという間に掌ほどの光の塊となり、さらにそれがグンと細長く伸びる。真っ赤な盾は、あっという間に真っ赤な槍へと姿を変えた。
一撃をかわされたサイクロプスが、再び熱で溶けかかった根棒を振り下ろす。しかしグライダはそれを紙一重でかわすと、槍を力一杯投げつけた。
槍は狙い通りにサイクロプスの一つ目のど真ん中を貫き、頭が、そして全身が瞬く間に燃えていった。
同時に、グライダがその場にくずおれる。
「だ、大丈夫か、剣士」
ドリューが慌てて駆け寄ってくる。
「ちょっと、無理しちゃったかな。久しぶりだったし」
グライダの持つ魔剣「レーヴァテイン」は、もう「剣」という形ではなくなって、ただの「レーヴァテインという力そのもの」である。
魔族ならともかく、形のないままでは人間には使えない。だから使う時に使いたい形を思い浮かべる必要があるのだ。
そしてそれには一瞬とはいえものすごい集中力と、しっかりとした「形」を思い浮かべる事が不可欠だ。
慣れない物を形作るのに集中し、攻撃を避けるのに集中し、槍を狙い通りに投げるのに集中し。
鍛えているのはあくまでも「肉体的な」もの。ここまで連続して「集中力」を酷使しては疲れるというもの。
それは魔法とまったく同じ。人間の魔法使いがそう連続して魔法を使えないのは、人間の身では集中力が続かないからだ。
「……分かった。君はただの剣士ではない。私は君を認めねばならないようだ」
ドリューはフードの奥でもごもごと言いにくそうにしていたが、やがて、
「……剣士、いや、グライダ。君はここで休んでいてくれ。あとは私だけでもできる」
ドリューはグライダの事を初めて名前で呼ぶと、屋敷の裏口から中へ入っていった。

<To Be Continued>


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